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2013.01.26 (Sat)

墓場の少年 ノーボディ・オーエンズの奇妙な生活


墓場の少年
(2010/9/25)
ニール・ゲイマン

少年は死者の場所で育つ。
彼らを父母とし、師とし、
生きるために必要なことは全部、
半透明の手が教えてくれる。

土と埃、墓石ばかりの忘れられた地は、
子どもを育むに十分なほど温かい。


【More・・・】

生まれ育った家で老いて死ぬ人もいるけれど、
その場合でも、ずっと同じ世界で生きているわけではない。
人間関係を含めたいくつかの別の環境を渡り歩きながら、
死ぬときまでの間に何度も属す世界を変える。
そこに確かな節目があるときもあれば、
はっきりと意識しないうちに越えることもあって、
けれど最期には誰もが生者の世界を辞して、死者の仲間になる。
死後の世界の実在がどうであろうと、
ある一つの世界に属す者でなくなるという意味で、
死は生きている内に繰り返した越境と同じなのだと思う。
生者でありながら、死者の世界に育まれた少年は、
そう考えると存在自体が二つの世界の狭間にありながら、
15才の門出の日までずっと同じ場所にいたのかと思った。
グール・ゲートの向こうの世界を覗きみたり、
生者の少女や太古の死者と交流したりと、
類い希な経験を重ねて確かな成長をしたけれど、
知識の問題ではなく、ボッドはいまだ世界を知らない。
すでに魅力的なものをたくさんもつ彼の人生、
再び墓場に戻る日までにどこまで行けるのか。
一緒について行きたくなるほど楽しみでならない。

幼児を含めた一家惨殺からいきなり始まって、
どんな陰惨な話になるのかと戦いたけれど、
登場人物の多くが幽霊かそれに類する存在なのに、
ボッドがそこを「家」と言うのに何の違和感もないほど、
墓地はひたすらに温かく、優しい場所だった。
その温かさはボッドの「両親」や保護者の人格はもちろんのこと、
背後に死者の生者に対する慈しみのようなものがある気がした。
通常死者は悼み哀れむべき存在とみなされるけれど、
いまだ死を知らず、それを恐れたりときに抗ったりしながら、
懸命に限りある時間を生きる者たちの方こそ、
それを越えた先で存在する墓場の住人たちにとっては、
愛すべき後輩のようなものなのかもしれない。
だからこそ、幽霊に子を託そうとしたボッドの母親の心を、
彼らは無下にすることができなかったんだろうと思う。
そこにいた誰もが死というものの容赦なさ、
生ある世界に届かなくなる手の切なさを知っているから。
また一方で赤ん坊を保護するということは、
時の止まったまま存在する死者たちにとっては、
何かを育むというとうに諦めた喜びに繋がることでもあって、
ボッドはあの墓地にとって本当に大きな存在だったんだと思う。

温かいといえどそこはやはり墓地、死者の場所なので、
控えめに語られる彼らの人生や死の話を聞くと、
背後から冷たい霧に包まれたような気分になった。
四章「魔女の墓石」は当の魔女たるライザの語り口が、
あまりに率直な恨み言のせいで毒を抜かれているけれど、
魔女狩りに至る経緯と「呪い」で村が壊滅したことが、
生あるときだけでなく、死んだあとの長い時間にも、
どれほど彼女を苦しめたのか、
ボッドが墓石をあげたいと奮闘しているとき、
彼女がどんな思いでそれを見ていたのか、
そんなことを考えると半透明の体を抱きしめてやりたくなった。
五章「死の舞踏」は生と死の境界が曖昧になる話で、
一晩だけの舞踏にワクワクが止まらない幽霊たちが可愛かったけれど、
ボッドにはその興奮が分からず、ダンスの相手もライザであることが、
やがてくる生者の世界への回帰を予感させて、
サイラスの悲しげな視線にも別の意味を感じてしまった。
葦毛馬の貴婦人はボッドに「約束」をしたけれど、
その約束は生ある者全員と交わされるもので、
ダンスを喜ぶボッドを、多分サイラスは二重に羨んでいた。

淡い恋、異世界での冒険、様々な学びと喪失。
墓地での生活には少年を成長させる要素が余すところなく含まれていて、
ジャックたちとの決戦での少年の機転と勇気を見ていると、
それまでの経験と教師たちの教えが確かに生きているのを感じられた。
どうやらボッドは邪悪を討ち滅ぼす重要な存在だったようで、
ジャックたちの側には大きな目的があったし、
ボッドにとっても結果的に両親と姉の敵討ちという形になって、
スリーアのおかげでそれを達成することにもなったけれど、
ボッドは別に復讐に燃えていたわけでも、
世界や正義のために戦ったわけでもないのだと思う。
実際ジャックの組織を追い詰めたのは「誉れ高き守備隊」で、
その意味で世界の趨勢を賭けた攻防は、
墓地の外、ボッドの知らないところで始まって終わっている。
ただあの晩ああいう状況になってしまったから、
家とスカーレットと自分を守るためだけに、
少年は知恵と勇気を振り絞って駆けたのだと思う。
一人の子どもの手に世界の行く末を託すようなことも、
物語としてはとても燃えるものがあって好みだけれど、
それを運命的に負っていることとは無関係に、
手の届く範囲のもののために頑張る少年の方が無条件に応援したくなる。
守ったものと通じ合えない悲しみを抱えて、ボッド頑張れ。

何か彷彿とさせるものがあって調べたら、
コララインとボタンの魔女」と同じ著者でした。
注目の作家さんとして覚えておくことにしよう。

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テーマ : 読書感想 - ジャンル : 本・雑誌


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