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2013.06.10 (Mon)

アルネの遺品


アルネの遺品
(2003/2/26)
ジークフリート・レンツ

何一つあちらへは持って行けないから、
何もかもが置いて行かれる。
温度や匂いはやがて失われ、
残るのは、ただの物。

誰かがそれを片付けねば。
せめて彼の姿が目の裏に残るうち。


【More・・・】

持ち主のいなくなった物は、
誰かが行き先を決めてやらなければいけない。
たとえ彼の人が生前そうしていたままに保存するにしても、
それは決定が先延ばしにされるだけであって、
その保存者が死者の仲間入りをした時点で、
物の処遇は次の誰かに委ねられる。
人の手を渡れば渡るほど、
最初の持ち主からは遠くなってしまうから、
死者を思えるだけ近くにいた人間が、
そうすべき時点で処遇を決めることが、
物にとっても遺族にとっても良いのだろうと思う。
アルネという少年の物だったたくさんの品を選り分けながら、
「弟」と過ごしたそう長くはない時間を振り返るハンスを見ていて、
物と人は、その思い出はこんなにも直に繋がっているのか、と思った。
遺品はあくまで物で、死者そのものではない。
でも、それと共に記憶に刻まれた彼の人の姿が、
それを目にし、触れるだけで勝手に呼び出される。
物語の冒頭から死んでいるアルネという少年、
彼を思う人々の中にいるのは必ずしも彼とイコールではないけれど、
多分彼が残した物は確実に彼に繋がっている。

親しい人を自殺で失ったとき、
どれほどの痛みと苦しみが残るのか、
想像するだけでも苦しいものがあって、
もしも自分以外の家族全員を心中で亡くしたとなったなら、
それは十二才の子供が負うにはあんまりな傷だろうと思う。
無理心中で生き残るというのは、家族を失うだけではなく、
おそらく家族に殺される恐ろしさでもあって、
アルネの場合父親が家族全員の人生を諦めてしまったわけだけれど、
そのことは故人をただ悼むことさえ難しくしてしまう気がする。
アルネの中にどれほどの傷や思いが蓄積していたのか、
ハンスたち新しい家族の思い出の中の姿からは、
はっきりしたものは読み取れない。
元々そういう性質だったのか、事件のせいなのか、
アルネという少年は自分の思いをほとんど言葉にしなかったようで、
まるでそこにいることだけでも許されたいかのように、
気遣いと優しさだけで出来ているように見え、
それでも卑屈さを感じないのが不思議だった。
たまにやってくる震えや硬直に傷の深さを感じはしても、
アルネが基本的には良い子、優秀な子供だったから、
周囲の人間にとっては可哀想な子ではなく、
突然コミュニティにやってきた物静かな子、になったのだと思う。
結果から考えると、確かな思いやりを含んだその表面上の平穏は、
必ずしも、アルネにとって最良ではなかったのかもしれない。
大人は優しく、アルネも優しく、他の子供達は子供らしかった。
死を選んだ弱い大人以外に責める人がいない。

自殺が周囲の人間にどれだけのものを残すのか、
アルネは身をもって知っていたはずなのに、
わずか三年で、父親と同じ道を選んでしまった。
直接的なきっかけは延べ棒強奪事件に加担し、
ようやく築いたはずだった信頼関係を自ら裏切ったこと、
つまりアルネは自分の周囲の世界に絶望したのではなく、
彼らの期待や信頼に背いた自分を見限った、のではないかと
みんなの思い出をさらって推測することしか出来ない。
確かにカルックを初めとする信頼してくれる大人に対して、
裏切りとしか言えない行いをしてしまったことは、
それまでのアルネの言動を考えると、
アルネの自己肯定の部分に多大な損害を与えただろうけれど、
それまでの3年間のことを考えても、
外から見れば、それだけのこと、と思えなくもない。
でも、多分そう思うのは、思えるのは、
自己肯定以外の肯定が周囲に多くある幸運のおかげなのだと思う。
一度生を否定された上で家族を全部失い、
新しい場所で何もかも始めなければいけないのなら、
自分を肯定してくれる者は自分しかいない。
そして自らでも他者からのものでも自分への肯定は、
おそらく、生きていていいんだ、という確信に繋がっている。
子供にそれを信じさせてやれないことは、大人の罪なのだと思う。

学校でもそれ以外でも子供たちの仲間になることができず、
かと言って進水式での事件が起こるまでは、
直接的に敵意を向けられるわけでもなく、
子供の中の人間関係において、アルネは三年間浮き続けた。
その優秀さやものを見る感覚の違いも、
おそらくは彼らにアルネを「違う」と思わせたのだろうけれど、
同時にアンタッチャブルにされたアルネの過去が、
大人たちが向ける思いやりの視線が、
もしかしたらアルネと子供たちを別の高さに置いてしまったのかもしれない。
得体の知れない者を仲間に入れるのは怖い。
重すぎる過去はさらにそれを阻む。
もしもアルネの過去が完全に秘匿されていて、
本人以外にそれを知る者がいなかったなら、
そう簡単ではなくても、アルネはいつか受け入れられたように思う。
もしそうでもアルネは黙り続けることなど出来なかっただろうから、
そんなのは意味のない仮定だと分かっているけれど、
もしも、もしもと繰り返したくなってしまう。
それほどに、アルネが一人で漕ぎ出す場面は悲壮で、
誰か無理矢理にでもこの子を岸に止めてくれと考えずにはいられない。
それにしてもハンスの回想、その中でのアルネの捉え方は、
進水式での咄嗟の判断と言い驚くほど的確で、
おそらくアルネの実像に一番近い場所にいたこの少年が、
「弟」の死で背負ってしまったものを思うと、
アルネの清さも鑑みず、責めたくなってしまう。

止めることはできなかったし、
その歩みを早める結果にさえなったけれど、
少なくとも家族は、本当に彼を愛していたのだと思う。

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