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2013.06.25 (Tue)

サイコトパス


サイコトパス
(2013/12/15)
山田正紀

どこで、ならば簡単だ。
トンネルで、病院で、教会で、工場で。
どうやって、にだって答えよう。
刃物で、鈍器で、紐で、車で。

だからどうか勘弁して欲しい。
なぜ、と問うことだけは。


【More・・・】

刑法上の扱いは違うのかもしれないけれど、
罪と動機は本来的には別の次元のものだと思う。
いかなる動機も罪を減らしはしないし、
罪の大きさがそこに至る道程の重みを変えることもない。
罪を行為に付属するもの、動機を行為を支えるもの、
とそんな風に考えるなら、
その二つは確かに同じ線上にあるのかもしれない。
でも気障な例を出すなら、人を愛し始める動機が本当に必要ないなら、
行為の裏には必ず動機、収束する何かがあるなんてことはない。
少なくとも言語化可能なそれがあるなんてことは。
好きだと思う瞬間とそこへ至る積み重ねはあっても、
普通は愛そうと思って人を思い始めるわけではないことと、
鉈を振り上げねば人の頭を割れないけれど、
その時鉈を握ったことに確かな理由があるわけではないこと、
二つの間の違いを明確にできない、
つまり行為の裏に常にあるのは因果だけで、
動機なんてのは行為の必要条件ではないと思うから、
天才の言う「サイコトパス」の意義が理解できない。
罰を与えられるのは人の権利だというのは分からなくはない。
でも罰は罪に、行為に与えられるもので、動機にではないと思う。
殺意と殺人が同じ罰では堪ったものではない。

事件と言って誰のどのと質さねばならないくらい、
いくつもの事件と人間関係が重複しながら絡み合っていて、
非常にややこしいことこの上なく、
さらに現実と妄想と作中作の関係もあるものだから、
正直なところ全体の整理が追いつかないまま読んでしまった。
静香あるいは晴香か笙子である女の目線で進み、
その過程で「動機なき連続殺人」が複数起こる。
個別の事件について言えば、
トリックが解明され、犯人を言い当てるところまでは、
王道の推理ものという感じで大変楽しめたのだけれど、
犯人として指さされた途端誰も彼も死んでしまった印象で、
動機がないとかどうとか言う前に、
犯人に対する殺人から新たに分かれた事件のせいで、
無差別に殺傷された被害者諸君がもう終わったことのようにされ、
なんだか殺人そのものよりそちらの方があんまりな気がした。
ただ、おそらく「動機なき」殺人に犯人がいないというのは、
「犯人」の指名と同時に事件が完全に終わる、
その手詰まりのことでもあるのかもしれない。
少女Aにしろ「翅虫庄三」にしろ、糾弾されることなく死んだけれど、
裁きの場で開陳に堪え得る動機がそもそもないのなら、
どちらにしろ逮捕の先はない。何もできない。
動機は、少なくとも社会には必要なのかもしれない。

「サイコトパス」なるものを仕組んだ黒幕は、
水頭男だと考えるのが一番分かりやすい形なのだけれど、
多分、これはそういうことでもないのだと思う。
誰にも理解することができないほどの天才が、
犯罪のせいで精神が混乱した娘(母)殺しの女たかが一人に、
ここまで拘るのはいまいち道理に合わない気がするし、
むしろ「彼女」が水頭男を理解するための、
そのバラバラにされた一人なのだと思った方が納得できる。
いずれにしろ現実と妄想の線が引きがたいところが多くあり、
どちらに分類しても別の部分で齟齬が出るような感じなので、
これは男が説明する通り「悪夢」として考えるのが、
一番現象の理解に近いのかもしれない。
そもそも「サイコトパス」なんていう皮肉山盛りの名のシステムが、
どういう作用と役割をもつものなのかも判然としないわけで、
「彼女」が走り抜けた悪夢、それを見ているのが「誰」なのかより、
彼女の世界がぐにゃぐにゃと歪んでいくその過程、
悪夢の中身の方を愉しめば良かったのか。

結局彼女が誰なのかは無視できないけれどもまあ置いておき、
一応体だけでも一貫した一人の「彼女」だとして、
「サイコトパス」のせいなのかそれ以前の問題なのか、
彼女は自分が誰なのかに関して著しく混乱していて、
そのせいで現状認識も二転三転する。
それでも事件のトリック解明という部分に関しては、
誰としてであれ冴えた注意力と明晰な推理で、
バッタバッタと事件を暴いていけるのだから、
混乱したアイデンティティとあとは、
状況の危険性に対する認識力さえどうにかなれば、
ストレスフルな小説家稼業も「援交」もやめて、
フィクションの中の私立探偵でもしていた方が良い気がした。
怪力の大男と二度もタイマン張って生き延びられるくらい、
ガッツと生命力も十分にあることだし。
静香として「女子高生作家」である自身に自嘲的だった時より、
母親と不仲で、三十路の刑事と付き合っていて、
そのために警察機構の汚い大人に利用されているのを知りながら、
事件の謎を追わずにはいられない「晴香」「笙子」の時の方が、
そのアンニュイな乙女具合が好ましかったので、
彼女がいかなる実際にいかなる存在であったとしても、
最終的には娘の方で固定されると良いなあとかは趣味の話。

ガラスの牢獄に留まる天才犯罪者。
夕暮れの中、彼と対峙する刑事、その問答。
今作のハイライトだった。

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