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2013.07.27 (Sat)

地下の鳩


地下の鳩
(2011/12)
西加奈子

ある者は何かしらの結果として、
ある者は確信をもって、
昼に眠り、夜の光の下で笑う。

騒がしい街角で隣り合う三人は、
本当はどこに立っているのか。


【More・・・】

一番長く、一番近くで付き合っていく他人。
そんな風に自分を定義するなら、
自分の言動や気持ちを不可解に思う時があっても、
そんなものだとやり過ごすことができる。
日々をうまく回すためのその一つの手法は、
それでなんとかなるうちは何の問題もない。
ただ、それはやはり所詮はごまかしなのだと思う。
完全な客観など存在しないことは分かりきったことだけれど、
主観全てを受け入れるのはあまりに重い。
心一つで定義するには、世界は複雑過ぎる。
だから、自分も含めた世界、というより自分に対する認識こそ、
主観と客観の間で揺れ続ける。迷い続ける。
夜の街に生きる三人は、年齢的にはいい大人で、
自分の気持ちが分からないなどと言うのは、
少しばかり子供じみているようにも思えるけれど、
彼らはそれぞれある瞬間に、停止してしまったのだと思う。
世界を定義し直すこと、迷うことをやめてしまった。
それでも刻一刻と彼らを取り巻く状況は変化するから、
認識と現実がどんどん乖離していって、
そうしてそのズレが彼らに混乱をもたらしていた。
三人が世界と自分を捉え直す過程は痛々しいけれど、
いつまでも同じ場所にいてはいけないのだと、
強烈に背中を押された気がする。

三人の中で一番しょうもないのが吉田で、
その分だけ息苦しいほど身近に感じられるのだけれど、
にしてもお前はもう少ししゃんとしろと何度も思った。
吉田が嫌だと感じていること、縋っているものは、
25年ほど遡れば身の丈に合っていたのかもしれないけれど、
どうひいき目に見ても四十の大台に乗った男の言うことではない。
まるでトラウマのようにことある事に思い出す女にしても、
要は一人の人生に関わり続ける重さに耐えられなくなっただけのこと、
自分で逃げておいて、何を傷ついているのかという感じだった。
男自身の視点で見ると、まるで歴戦の猛者のなれの果てのような、
それこそ過去のある男の苦悩という雰囲気を醸すけれども、
実際のところはただの醜いもの、みっともないものから逃げ、
自分であれ他人であれ重いものを背負うことを厭い、
流れ流れてきた結果が今の吉田で、
ミミィが考えるような「何か」さえ吉田にはなかったように思う。
吉田の暗い目の底が見えないのは、
そこに何もないからなのではないかと、意地悪く思ったりする。
みさをに出会ってからの吉田は彼女が思う通り、
ただの恋する男で、犬のようなひたむきさはいじらしかった。
暗い目をした男が恋をして変わるなんてのは、
式としては単純過ぎるのではないかとも思うけれど、
吉田のような面倒臭い単純さをもつ男にはそれで良いのかもしれない。

そんな吉田と並べると、みさをは随分大人に見えるし、
犬のような吉田に対して母親染みた気持ちになったりもしている。
でも多分みさをと吉田の立っている場所は近い。
望まれる重さに背を向けることで立ってきたのが吉田なら、
それを受け入れことだけで自分を肯定しようとしたのがみさを。
どちらも外からの力によって、自分を形作ってきた。
みさをが暴力的なものを向けられるときにだけ安堵するのは、
それが強く自分の形を意識させてくれるからなのだと思う。
それほどにみさをは自身の形を見失って、
というよりそもそも自分というものを主観で捉えられない。
だから何もないただ恋するだけの吉田という男、
自分に何を求めているのかが見えない男を前にすると、
食べるとか出すとか触れるとか、
とても動物的な欲求に従うだけの幼児のようになってしまう。
そう考えると、少年の頃で止まってしまったかのような吉田よりも、
もしかしたらみさをの精神性の方が幼いのかもしれない。
美しくもなく愛想もない虚弱な妹の存在は、
彼女のそういう在り方の契機ではあったのだろうけれど、
妹が自身を形作るための置き石の一人目だっただけで、
たとえ妹が活発で美人で健康的な子だったとしても、
みさをの形が変わるだけで構造は変わらなかったのだとしたら、
彼女の癖は、他の二人よりも圧倒的に根が深い。
吉田のような空の男に出会えて、みさをは幸運だったのだと思う。

吉田とみさをが出会って逃避行などしている横で、
ミミィの日常は騒がしく、けれど基本的には平穏に過ぎていく。
みさをが半自動的に行っている他人への適応を、
ミミィは意識的に、ちゃんと距離をとってやっていて、
30年以上ほぼ問題なく動作してきたそれは、
職業に活かすことで自信にさえ繋がっている。
ミミィはとても上手くやってきたように見える。
でも本当は、「島」はどこにも行っていなかったのだと思う。
負わされた傷も嘘で生き延びた過去もなくならず、
それを土台にして積み重ねた時間さえ、
汚れているような思いがずっとミミィの中にあったのかもしれない。
菱野のことは、彼とことりちゃんに寄り添って考えるなら、
それだけで立埜たちを断罪獄門に処してやりたい所だけど、
ミミィがああせざるを得なかったのは、
三十数年分の軋みがあったからなんでしょう。
虐げられたことももちろん大きな傷ではあるのだろうけれど、
ミミィにとっては自分に嘘をついて生き延びたことも、
同じくらい、今を蝕む傷になっていたのだと思う。
現実の島での風景に身を置いて、
生き延びることには正直だった小さな自分を発見して、
ミミィの傷は一つ終わったのだと思う。そうであればいい。
願わくば、菱野にもそんな瞬間が訪れて欲しい。

吐き癖まではいったことがないけれど、
持っているものを一つずつ捨てていく快感は分かる気がした。
身軽であることは、気持ちが良い。

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