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2013.08.07 (Wed)

ブルックリン・フォリーズ


ブルックリン・フォリーズ
(2012/5/31)
ポール・オースター

人生の幸不幸、成功と失敗は、
賽の目やボードのマスなんかではなく、
自分の身体と頭に委ねられている。
不運はあっても、意思ある限りそれは変わらない。

だから彼らは諦めない。
どの時点からでも人生はマシにできる。


【More・・・】

家計図を描いて、どこまでが親族なのかを考えたとき、
線を引く場所は人によって違うだろうけれど、
親族扱いでも≒で他人な人もいる。
人類みな兄弟、ただし兄弟と親しいとは限らないから。
ブルックリンの街で展開する彼らの物語が、
誰かの何か、多くは親族関係に基づいて広がっていく様子を見ていて、
あしながおじさん達の行方」を思い出し、
家族は、というか大きく言えば親しい関係というものは、
親族や恋人なんかの関係性のラベルを元に始まったとしても、
その領分を越えて、あるいは変えて広がり繋がっていくのだと思った。
ネイサンが妻と別れたことに血は関係ないし、
トムとオーロラを気にかけるのは彼らが甥姪であることが背景にはあっても、
二人とその恋人や子供まで放っておけないのは、
妹の子供たちという所を越えて、彼らの人生の幸を願っているからでしょう。
ハリーに至っては甥の雇い主、その娘やなんかはもはや他人なのに、
ネイサンだけでなく彼ら全体がその他人の人生を思うことをやめない。
人間関係にラベルを貼ることを厭いながら、
一方でラベルに基づく距離を常に意識してしまう人間にとって、
そんな彼らの、大切な相手を自分で取捨選択する姿勢は、
コンプレックスを刺激されるものではあったけれど、
そうあろうと思えば、与えられたものに関係なく、
人と繋がっていくことはできるのだと肩を叩かれた気もする。

冒頭のネイサンは人生の余りを生きている。
動かす気もない恋をし、失敗の思い出を書き溜め、
数ヵ月後でも全く問題ないという風に死を捉える。
ウェイトレスの娘への恋未満の憧れは微笑ましいけれども、
そんな男は、見ていて気力を削がれるばかりだったので、
トムという挫折から復帰できないままに三十を迎えた甥を加えて、
なんだか湿り気が増したなあとか思っていたのに、
気がつけば彼らの動向から目を離せなくなっていた。
この叔父甥を始めとして、ハリーもオーロラも、ルーファスも、
かつて描いたものだとは言いがたい人生を送ってきた。
ある者は愛憎の果てに服役し、ある者は学業に敗れ、
望まない方法で食い扶持を稼いで生を繋いできた。
でも彼らは別に特別不運だったわけではないと思う。
成功に繋がるチャンスがあり、実際良い時期はあった。
ダメになってしまったのは、大体において本人のせいで、
それは当人が一番分かっているように見える。
だから彼らが望むのは、ただ今より少しはマシな人生、なのだと思う。
娘との暮らし、現実の恋、磨り減るばかりでない仕事…。
その程度、ではあるけれど、それがあれば人生がマシになるもの。
半ば諦めかけた時があっても、望む力を彼らに再び与えたのは、
自分一人の人生、それを思ってくれる他者の存在なのかもしれない。

愚かな失敗という意味で言えば、
古本屋の店主ハリーこそその最たるものだと思う。
被害者のことを考えれば失敗というのも憚られるのだけれど、
妻の寛容に甘えて密会を繰り返し、
挙句詐欺に手を染めて裏切られて裏切って服役、という経緯は、
多分ハリーにとっては常に愛を下地にしていた。
ゲイではあっても戦友か伴走者として妻を愛していたし、
その後の経緯を思えば、娘のことも間違いなく思っていた。
画家の才能も、美しいだけの男のこともそうでしょう。
ハリーの失敗はその時々の愛に夢中になる余り、
それ以外のことがあまりに些細になってしまった点だった。
彼の最後の大勝負とそれまでの失敗は、少し違う気がする。
最初に描いたホテルの夢を友人二人と共有することを大切に思いながら、
ハリーは自分の根本が変わらないことを分かっていたのだろうと思う。
ありありと危険が見えても、愛を信じなければ、
自分は自分でなくなる。そうなればマシな人生も何もない。
あの遺書を書いた時のハリーを想像するとたまらなくなる。

ハリーが描いた夢ホテル・イグジステンスが消えてしまっても、
ネイサンが娘と和解したり、新しい恋があちこちで始まったり、
すでに終わったつもりでいた男の周囲で、
着実に家族的なものが増えたり、殖えたりしていく。
9才のルーシーの頑固さに手を焼く中年男たちが、
彼女がいるべき場所を常識とか当然の何たらで考えずに、
彼女にとってより良い場所として考えていることが、好ましかった。
現実問題としては引退した初老の男と古本屋の雇われ店員では、
色々な協力があっても女の子一人育てるのは大変だと思うけれど、
三人で戻ることをさらっと決めてしまえるネイサンが格好良い。
そして実際に登場するまではどうしようもない印象だったオーロラ。
本人の口からその半生を聞いてみると、
確かに結果としてかなりめちゃくちゃな軌道ながら、
彼女はその時々で自分の責任の中で選択をしているのだと思った。
だから自分が何を間違ったことも良く分かっている。
ルーシーのような子に愛されるのも分かる母親だった。
彼女の新しい恋はこの先一つも二つもトラブルを呼びそうだけれど、
兄と叔父、愛する娘が傍にいれば、きっと大丈夫でしょう。

ルーファスのパフォーマンスに、
弔うこと、悼むことは本来こんなに自由なんだと思った。
実際のドラァグクイーンを見てみたい。
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