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2013.08.25 (Sun)

妖琦庵夜話 その探偵、人にあらず


妖琦庵夜話 その探偵、人にあらず
(2013/6/21)
榎田ユウリ

人の形をした人にあらざる者。
人の形をした人でなし。
人にあらざる形で人を生きる者。

淡いで茶を点てる男は、
客を待っている。


【More・・・】

人間と最も共生に近い関係にある生物は何か。
相利か片利か、あるいは寄生かは考慮せず、
単に近い距離で存在し続けている生物、と考えるなら、
家畜や種種の菌類、樹木なんかなのだろうと思うけれど、
現代の街中で暮らしていると、
彼らと共に生きている、という感覚はあまりないように思うから、
結局、日常目にする生物、街中にいる鳥やペットの類が、
感覚としての「共生」に一番近いかもしれない。
彼らが人の社会の中で存在し続けられるのには理由がある。
無害であるとか、愛玩され得るとか、非生物じみているとか、
何にしろ異なる存在をそうと意識しないで済む条件を満たして始めて、
人は自分とは異なる生き物の存在を許すことができる。
だから、DNA云々で反則的に存在を明らかにされてしまったけれど、
そうなる前から、人に紛れている側、異能をもつ妖人たちは、
自分たちが人ではないこと、少なくとも排斥され得る者だということを、
大昔から知っていたのだろうと思う。
だからこそ擬態した。自らが生きるためにそうした。
性質が遺伝せず、数が減るばかりであるらしい生殖上の制約は、
紛れ生きて、子を成した数多の妖人たちが、
そう願った結果であるような気がしてならない。
似てくれるなと子に望まねばならない親の気持ちはいかほどだろう。

外見上は人間でしかも大部分は異能をもたないのなら、
DNAがどうだろうともう人でいいんじゃないかと思うけれど、
実際そんな生物が傍らにいるとなったら、
それでは納得できないものなのだろうかと思った。
いや、納得しかねるのはむしろそれがDNAの問題だからなのか。
たとえば個体限定の突然変異で異形や異能を得たとしても、
それが子に継がれるものではないのなら、
個と個の関係を構築することによって恐怖感は減る。
でも、可能性が低いとはいえ、それが継がれる性質のものなら、
子を成すことを前提として伴侶とするのに躊躇することはあるかもしれない。
妖人なる異なる存在が発見されて数年の日本の現状は、
わりと冷静に対処が始まっているように見えて、
ここから30年したらあの頃の差別的な話になる、
そんな程度の混乱の中にはあるように見えた。
Y対の存在自体が本来的にはおそらく必要がないし、
伊織などからしたらそれ自体が差別的に思えるだろうと思う。
異能が関わった犯罪はあり得るものだけれど、
区別される以前はそれも人の範疇として処理できていたはずで、
今回の事件の顛末を考えれば明らかにその区別が問題を広げている。
世紀の大発見かもしれないが、口をつぐんでくれれば良かったのに。

油取りに関わる事件のそこかしこで、
「母親」の姿が核として、あるいは背景として現れる。
母に憑かれた人間がいて、母を求める妖人がいて、
偏屈者は母の言葉に従おうと心を砕く。
血を分け、体を共有したことさえある母と子の関係は、
父親とのそれとは異なるものだというけれど、
彼らを見ていて、そのこととは別に、
母親が実在しなくなってさえも、
というより、そうなったからこそ強くなる鎖が、
子の側に残されてしまうことがあるのかもしれないと思った。
彼らにはいずれもすでに母親はいない。
ただその思い出や印象だけが残っている。
実在しなくなった時点から始まる死者の象徴化は、
母親に限らず普通に起こる現象だと思うけれど、
「母」はなぜこんなにも強度に子を縛るのだろう。
甚だ差別的な邪推であることを承知して言えば、
人間妖人に関わらず男たちが「母」に囚われているのに対して、
今回の事件のもう一つの核である女たちは、
あくまで個人としてその感情を発露させているように見えて、
何やらその辺りに、「母」の鎖の意味が見える気がした。

塞がれた左目と共に生きてきた伊織だけでなく、
仕えることを性質とする夷、成人としては異形の座敷童やマメ、
そして人から外れた欲望をもつ青目も、
妖人の名が広まる以前から自分の性質と向き合ってきた者たちで、
それぞれが数十年の時間の中で在り方を見つけてきたのだと思う。
様々に問題も起こっただろうし、
行き倒れるような困窮もあっただろうけれど、
多分その先祖たちもそうして生き残ってきたように、
なんとか生き延びていける場所をもっていたはずで、
なのに今さらになって彼らが惑うのは、
名を与えられることで逆に自身の定義を揺らがされたから。
自分が何者なのか、ということを決めるには、
区別のための名や明確な背景は必ずしも必要ではない。
世間なんていう大きなものではなく、もっと身近な距離に、
自分が嵌まることができる場所があればそれで十分、
けれど「妖人」や「属性」は、それに外から打撃を加えてしまった。
性格的には本来鼻にもかけなさそうな特妖認定について、
伊織が迷い、感情を揺さぶられるのは、そういうことなのだと思う。
妖琦庵を中心とした彼のいるべき場所は、
現時点で人の世間とも、青目の居る場所とも繋がっている。
偏屈で優しいこの男がそこに留まってくれることを願っている。

そういう性質の妖人なのかと思ってしまうほどに、
気持ちよく阿呆な脇坂。
伊織が許してしまう気持ちも分かる。

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