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2013.09.07 (Sat)

ヒュウガ・ウイルス 五分後の世界Ⅱ


ヒュウガ・ウイルス 五分後の世界Ⅱ
(1996/4)
村上龍

ズレた世界は戦後を終えて、
戦闘国家は敵を見失う。

それでも兵士たちは任務に赴く。
意思ある者である誇りを、
各々の胸に秘めて。


【More・・・】

生物の身体は本当によく出来ていると思う。
生物とは何かという問いは置いておいて、
様々な系や器官、細胞に化学変化と電気信号、
さらには体内外に存在する菌類の活動も含めて、
全体として一つのまとまりが問題なく駆動する様は、
そう設計されたと考えれば神なる者が必要になり、
進化という意思のない現象の結果ならば、
積み重ねられた淘汰の膨大さに目が眩むほど見事。
作中で繰り返される「人間は柔らかな生きものだ」という言葉は、
かじった程度の知識で感じるところのそんな感慨を越えて、
高度な生物学の知識をもつ学者として彼らの実感なのだと思う。
精緻でありながら、柔らかさをもち、そのために脆い身体。
進化の末、というか過程にある現存の生物が、
「悪意なき」ウイルスに無残に負けていく様、ビッグ・バンの惨状は、
進化とは逆のベクトルの意思を感じてしまうほどに圧倒的で、
致命的なウイルスの前に生物の体はこんなにも無力なのか、と思った。
オクヤマはその柔らかさこそ人間を人間たらしめると言っているけれど、
複雑で精緻な構造の強靭さと同居する脆さは、
彼が生物の対極に置く鉱物の一部が持つ性質であることを考えると、
表出する形はどうあれ生物と無生物の間に差は大してないのかもしれない。
生物学者の皆様に鼻で笑われる感想に至った。

現実の日本から五分だけずれた世界で、
UGは相変わらずの恐るべき統制の元に戦い続けているらしい。
ただ、ソ連は崩壊し、冷戦構造も一応は解消されて、
もはやUGには分かりやすい敵はいなくなってしまったようで、
経済封鎖の解除を条件に兵士や向現を使って交渉する様は、
現実と某国とダブらせて見てしまい、
兵士たちが兵士として優秀ではあっても冷血ではない分だけ、
彼らが何のために戦っているのかを考えて悲しくなった。
外から見れば常軌を逸した戦闘国家に見えるけれど、
ごく普通に、救出部隊の隊員は混乱した戦場で死ぬし、
ミツイはウイルスに冒されて死の淵追いやられる。
UG兵士は人間の兵士の範疇を逸脱しているわけではない。
コウリーが感じているように、
UGはそれに対して無感動でいるような教育を、
兵士達に行ってはいないのだと思う。
でなければ、ミツイの病室の外に全員で集まったりしない。
彼らは仲間を思ったり、非戦闘員を慮ったりする感覚を失わず、
その上で驚くべき自制心と目的意識でもって、
正気のまま、凄惨な状況の中で戦い続けている。
それを可能にするUG自体に狂気を感じるのは平和ボケなのか。

ビッグ・バンに着くまでに、オサカと旧四国を通ったことで、
五分ずれる前の日本はもはや存在しないし、
この世界が現日本に繋がることがないこともよく分かった。
占領下にあるとか、混血児や「非国民」がいるとか、
誰がどんな生活をしているかということとは別に、
国土そのものの荒廃があまりに激しい。
様々な汚染と無秩序な開発の跡が見るに堪えないほどで、
いくら戦闘国家とのゲリラ戦が続いているとはいえ、
国連はもう少しやりようがあったのではないかと思う。
などと考えてから、それは結局現日本と比較するからか、と思い直した。
向現という唯一無二の強力な交渉材料をもち、
高い兵力と技術力をもちながら、国連や米軍に下らない国家。
そして大国同士のにらみ合いの境目となった土地。
そんな風に考えるなら、この日本列島の状態は、
現在の世界に同じような地域があることを考えれば、
何も不思議なところなどないのかもしれない。
そもそも列島を国土として愛着をもつ人間のほとんどは、
この日本では長野の地下にいて、
利益を追ってやってきた人々が環境を保全してくれるわけもない。
戦後からこの時点までで垂れ流された汚染から、
土地や海が回復するのにかかるであろう時間と苦労にため息がでる。

致死率100%かと思われたウイルスに対抗し得るものは、
何やら専門的に説明されているけれど、
オクヤマに習って端的に言えば、意思の力なのだと思う。
あるいは生きることに日々どれほど真剣であったか、ということ。
命に関わるレベルの危機感を日常的に経験し、
かつそれ自体をエネルギーにしている人間なんて、
兵士か戦地の住民以外にない気がしたのだけれど、
兵士でもなんでもない、高級療養地の少年が自らに課した訓練が、
UG兵士並の危機感と意思の力で実践されていたことに、
ジャンが抱えていた恐怖の大きさを見た気がした。
実際には命に関わる病でさえないのに、
少年は光を失って悪夢の中に閉じ込められること、
つまりは現実が悪夢ではないと感じられなくなることを恐れた。
それはジャンには死より酷い地獄に思えたのだと思う。
UG兵士が意思の力で戦場で自らを統制するように、
ジャンは恐怖から逃れるために、壁画を刻んだ。
それがウイルスに打ち勝つ力として積み重なり、彼は生還した。
ウイルスの拡散を防げなかったために、
コウリーだけでなく世界中の人間がこの先試される。
難しいかもしれないけれど、ぜひ彼女には生き残って貰って、
その類い希な意思の力でおそらくほとんどが生き残るであろうUGを、
彼らの行く先をカメラに収め続けて欲しいと思う。

UG国民がもつ強固な意志の力。
一体どんな教育を行えば、
心を殺さずそんな人間を育てられるのだろう。
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