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2013.09.09 (Mon)

セイジャの式日


セイジャの式日
(2010/4/24)
柴村仁

何のためにと尋ねたなら、
彼はなんと答えるだろう。
お得意のはぐらかしで逃げるのか、
真剣に答えた後に「冗談」と笑うだろうか。

ただ一つの青を探す男を見届けた。

【More・・・】

何のために創作するのか。
たとえ他人に開陳するような答えはないとしても、
作家自身が自分に対して問う瞬間を、素人なりに想像する。
何を創作するにしろ、「道具」ではない物を作ることには、
物それ自体の存在への必然性というか、
それが根本的に「要る」物ではないという即物的な前提に立つと、
ならば作ることとは、作った物の意味とは何なのか、
作る人間は考えざるを得ないではないかと思ったりする。
おそらく答えは作る人間の数だけあるし、
こうあらねばならないという答えはない。
創作の意味を定義することは作者の特権だろうと思う。
けれどそれと全く同様に鑑賞者にも、お金を払うかどうかに関係なく、
その作品に向かい合う人間にも同じ資格がある。
作品を作る意味を考えるのは作者の領分で、
作品の価値、その置き場所を頭の中で決めるのは見る者の領分。
そんなことを考えながら、頭の中で由良や犀の絵を思い浮かべ、
その絵の前に立った時に何を感じるかを更に想像した。
「絵を描く生き物」たる彼らはそこにはいないけれど、
絵の中に彼らを見ることはこちらの勝手だろうと、
箱の中の箱の中の箱を見て、一回り大きい箱の形を確かめるような、
どうかと思う試行をしたくなるほどに、二人が鮮烈だった。

彫刻と小説、現実と噂話の入れ子構造の愛憎劇は、
何年も一人の女の子を悼み続ける青年を前にすると、
生臭すぎるのではないかと思ったけれど、
火事場での言い合いや、屋根の上での由良弟の言葉を聞いて、
ああやっぱりこれは由良の物語なのだと思った。
ラーメン研究会に入ったり、家庭教師をしたり、
一見には普通に大学生をしているように見えても、
夏になると夜ごとに吐くという由良は、
あの吉野をいまだに咀嚼し切れていないのだと思った。
絵を描くために自分を含めた全てを利用する犀は、
由良を自分の仲間だと思っているようだけれど、
端から見ると二人が同じ種類の人間だとは思えなかった。
犀は絵のために現実を利用するのだとすれば、
由良は現実に帰ってくるために絵を描いている。
それは確かに自分の中の後悔や傷をえぐる行為だから、
もしも犀にとっても取り込んだものを画面に出すことが、
似たような意味をもつ行為であるならば、
飄々としたあの男にも嘔吐く夜があるのかもしれない。
でも由良の傷は癒えていく種類のもの、犀とは根本が違う。
火を見る犀が自己融解してしまわなければいいと思う。

由良が青い絵ばかり描くのは、
吉野が完成させられなかったあの絵の完成形を探し続けているから、
つまりは吉野の死を認められないからなのだと思ったいたけれど、
その解釈は少しずれていたのかもと思った。
由良が探しているのは吉野が最後に見たもので、
それが空でおそらく青かっただろうと思うから、
水でも空でも、とにかくその青と思えるものを由良は探している。
由良は彼女の死の間際までの生のぎりぎり最後の部分を、
まるでコーナーのぎりぎりを攻めるレーサーのように追っている。
そんな場所を見つめ続ける男が、
その先ほんの少しの延長線にある彼女の死を見ていないわけがない。
由良は彼女があんな馬鹿げた理由で死ぬことになったことを、
ちゃんと理解して、おそらくはすでに納得している。
肯定はできなくても、他の結末はもうあり得ないことが分かっている。
だから由良ががりがり自分を削りながらしているのは、
彼女の生を自分に可能な限りの端から端まで知るためのもので、
落下する彼女が見た青、はその最後の部分なのだと思う。
そしてその最後の部分に、何年もかかってしまっている。
由良はひどく惜しく思っているようだけれど、
美術室の窓から身を躍らせた時に見たものを、
由良が思い出せないことが、そんな風に考えると嬉しかった。
あの時点で吉野の見たもんを分かってしまったなら、
由良はそれを探して生き続けることが出来なかったのではないかと思う。
他にも色々あれど、とりあえず宛のような男から弟を取り上げてはいけない。

教育実習生として母校に戻ってきた由良は、
美大でのやや棘をもった雰囲気がなくなって、
榎戸川が相対したような感じに近くなっているように思う。
コップを噛み割った時には心配になったけれど、
その程度の動揺で済ませられるようになったと思えば、
屋根の上からもう一度落下しようとした夕暮れからの数年で、
由良の中で何かが終わったのだと詳しいことは語られなくても感じた。
だとしてもおそらく由良にとって吉野は、
一生片付けられることのない人間なのだろうと思うし、
だからこそ幽霊を待ってしまったりするんでしょう。
でも彼が教生になったことには母校に戻るためというだけでなく、
資格でも職業選択でも良いけれど、
とにかく現実に即した理由がちゃんと引き金としてある気がした。
柏尾との関係が継続していることや、
鑑賞者のことになど興味なさそうだったのに、
個展をして、場合によっては作品を売ると言うこと。
由良はあの夏から現実に戻ってきている。
将来を迷う言葉はいかにも大学生的だけれど、
あの青を追う以外のことを考えられる由良はもう大丈夫だと思う。
ただもしも本当に吉野の幽霊に会えたなら、
きっといの一番に落下の瞬間のことを尋ねるのだろうなと考えて、
吉野の呆れる顔を思い浮かべて少し笑ってしまった。

日野くんと絹川ちゃんのあれこれに面映ゆくなりつつ、
吉野も含めて、美術部を通り過ぎる生徒を見送る隅田先生、
その胸の内と落ち着きを思うと、自然頭が下がる。

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