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2013.10.09 (Wed)

とある飛行士への追憶


とある飛行士への追憶
(2008/2/20)
犬村小六

重力はまるで鎖だ。
人の足を地面に捕らえ、
そこしか居場所はないのだと、
心にさえも囁きかける。

青い自由を知る飛行士は、
唯一無二の姫を乗せ飛び立った。

【More・・・】

一人の人間が生まれることに関して、
誰にも何かを選択することはできない。
子供を作ること自体は選択であるべきだと思うけれど、
どんな子供が生まれていくるのかについては、
出生前診断なんかの技術を使ったところで、
知れるのは性別や遺伝子の配列程度のもの、
何を喜びとする人間であるのかは、
彼ら子供の心と身体が十分に育つまで分からない。
子供はそうあれかしという願いに適うように生まれられはしないし、
そうあらんという願いを許してくれる場所を選ぶこともできない。
だから多分、生まれる場所というものは、
基本的に間違うものなのではないかと思う。
成長の中で場所が自分の形に最適でないことに気づき、
そのあとに道を選ぶとき、子供は子供の皮を一枚脱ぐのかもしれない。
一万二千キロの空の旅を経て変化していくファナを見ていて、
目前に並べられた選択肢ではなく、
自ら見つけた選択肢の中から選ばなければ、
選んだ道で胸を張ることはできないし、
選らばなかった道を惜しむこともできないのだと思った。
ファナは夢を見て、そしてその道を選ばないことで初めて、
自分の人生を自分のものにできたのだと思う。
二つの意味で、シャルルは確かに救国の英雄だった。

細かい仕様に目をつぶって冷静に、大ざっぱに言えば、
基本の構図は「お姫様を死地から救い出す」話であり、
ロミジュリよろしく身分差の恋の物語でもあり、
それほど複雑ではない、王道の話ではあるのだけれど、
戦闘機での空戦とファナの成長、
ロミオとジュリエットに倣わない二人の選択のおかげで、
全体としては、陳腐さを全く感じさせず、
むしろ戦闘機と空の自由さと、何よりファナ嬢に魅了された。
立場に合わない自由さや奔放さを持つ女の子が、
生き延びるためにとる方法、と考えるなら、
己の本質を全く隠さず場を破壊して状況を変えるか、
性質の方を押さえつけたり曲げたりして頭を垂れるか、
その二択のような気がしていたけれど、
心を殺さずそれでいて立場を投げず生き延びる、
そういうやり方を選んだファナは凄い娘だと思う。
オペラを観劇するように自分の周囲を見るなんてのは、
責任の放棄と捉えることもできるけれど、
ファナはむしろ自分の存在の意味と、
それが影響を及ぼすものの大きさを自覚していたからこそ、
思うままにあってはいけないことを理解して、
ファナ・デル・モラルの責任を果たし続けたのだという気がする。
御簾を作った日のファナに、偉いな、と言ってやりたい。

一方シャルルは被差別階級として生きる苦しさを根底にもち、
傭兵の生活に飽いてもいるようだけれど、
それでも自分に誇りをもって生きている人間だったのだと思う。
傭兵の一人として下らない作戦で死ぬことになったとしても、
空での自由と飛び抜けた技術があれば、
戦った相手はシャルルをシャルルとして認識するし、
生き残った戦友が語ってくれる夜があるだろうことを、
シャルル自身が驕りも謙遜もなく知っているからこそ、
地上での窒息をなんとか免れていられたんでしょう。
ファナを載せて飛び立つ朝にシャルルに寄せられた声と餞が、
冒頭の悲惨な少年に寄せられたのだと思うと、
そこに至るまでの十数年のシャルルの努力が思われて、
まだ何も成していないのに胸が熱くなった。
空にいるときのシャルルは体制への反発やファナへの苛つきなど、
地上ではおくびにも出さないものに対して割と緩くて、
髪を切ってからのファナが十代の少女らしく泣き笑いするように、
この男も素の部分は年相応に若者なんだなあと思う。
だから美女の水着姿や酔っぱらりにくらくらきても仕方ない。
シャルルの自制心、本当によくもったと思う。

空戦の描写は「スカイ・クロラ」のシリーズに比べると、
かなり細かく二人の視点の変化を追ってくれるので、
操縦や空戦に関する知識がなくても状況を掴みやすかった。
ファナが後ろを向いているおかげで視界も広がっているし、
逃げること、で動きの指向が定まっているのもあって、
ほとんどファナと同じ心境で単純にハラハラしながら楽しめた。
それにしても高速で飛ぶ戦闘機に後ろ向きで搭乗して、
スピード&反転+自分が動きを制御できない+敵機の機銃の正面、
という怖さましましの中で視界に入るものを正確に描写できるとは、
シャルルのお世辞じゃなくファナ嬢は飛行士の素質があったのかも。
機銃を撃つということがどういうことなのかについて、
単に自分の身を守るためというだけでなく、
引き起こされる結果を理解した上で教えてくれと乞うような人間で、
何より実際に自分が撃った弾の軌道を目にし、
自分を守るためにシャルルが撃ち落とした人間を見た彼女なら、
王妃として国を背負う一人になったとしても、
前線で死んでいく者たちのことを温度をもって考えられるだろうと思う。
シャルルとファナが二人で空で生きる夢は、
あの阿呆の皇太子とファナが結ばれる未来より、
よほど読者的にもロマンあふれるものではあるけれど、
それを選んでは、ファナはファナ・デル・モラルの誇りを失うし、
シャルルもまた誇りの一部を損なうことになった。
聡い姫を得て、王子が覚醒することを願っている。

読み終わってみれば表紙が盛大にネタバレなのだけれど、
金色の粉を受けて空の中に立つ姫の画は、
空戦を越えて確かにクライマックスだった。
アニメ映画のことは忘れる。
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テーマ : 読書感想 - ジャンル : 本・雑誌


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