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2013.09.26 (Thu)

流れ行く者 守り人短編集


流れ行く者 守り人短編集
(2013/7/27)
上橋菜穂子

男は生きるために槍を振るい、
少女は仇を討つ日のために生きる力を磨く。
帰る場所のない二人の訪いを少年が待っている。

女用心棒と皇太子が出会うまで、あと十数年。

【More・・・】

家をもたず、旅を生活にするというのは、
身軽さという意味で憧れもしたけれど、
病床一つも金で買わねばならない二人を見ていると、
旅に生きる者たちは身軽なんかではないのだと、
何度もバルサの旅支度を見ておきながら今更思った。
帰る家を持つ者がそこに置いておけるものを、
彼らは全部抱えて、背負って生活する。
日用品も財産も、自分の命もどこかに預けられない。
持てる物を持てるだけ持って、それ以外は諦めて、
それが出来なくなる日まで流れ続ける。
旅の愉しみ、目にする世界の広さは替えのないものだろうし、
バルサの性分はそういう生活に合っていたのだろうけれど、
それ以外に道のない状況だったとはいえ、
たくましく、聡く、優しく育ちながらも、
仇討ちの意思と戦闘の高揚を糧にしているようなバルサに対して、
ジグロがどんな思いを胸の中に抱えていたのかを思うと、
バルサから見た無口で厳しく、時々微笑むジグロの表情一つで、
男の虚無や後悔、不安、バルサへの慈しみなんかが透ける気がした。
いままであまり描かれることのなかった二人の旅を、
シリーズ全体の中でも一、二を争う痛みを感じながら読んだ。

カンバルから逃れて七年、バルサ十三才。
チャグムを背負うことになる十七年前のバルサは、
小さくて軽い身体ながらすでに護衛士の基礎が出来ていて、
訳も分からぬまま過酷な旅に放り込まれた六つの娘を、
ジグロはよくもまあわずか七年でここまで鍛えたものだと思う。
いつか大人のバルサが回想していたように、
ジグロは幼い娘の扱いなど全く分からない、
ひたすら武人として生きてきた男だったはずで、
ジグロ本人にしても突然の逃避行で混乱の中にあったのに、
その上小さな娘を守らねばならないとあっては、
初期の頃の苦労は生半なものじゃなかったでしょう。
追っ手を退け、生活の糧を稼ぎ、バルサを守り鍛える。
最初の数年、おそらくジグロには余裕がなかったんだと思う。
数年数十年後の自分やバルサを慮っている暇があったら、
今夜の宿、次の稼ぎ口のことを心配しなければならない。
でも病を患ったはもとより、まだまだ未熟ながらも、
バルサに力と経験が備わりつつあるのを感じる中で、
ジグロはバルサの生きていく場所を考え始めたのだと思う。
闘犬のような子供が本当に人の血を浴びてしまう前に、
息子ではなく、娘として生きられる場所を与えたいと、
この頃のジグロはそんな風に考えていたように見える。
初めて人を殺して絶叫するバルサを抱えて、
おそらくジグロも、ともに泣き叫んでいた。

バルサたちの若い頃の話でありながら、
全体を通して老い衰えゆく人々の姿が描かれていて、
老いたラフラや護衛士がした選択を傍らで見た経験が、
三十代のバルサのあの立ち居振る舞いに繋がっているように思った。
十三才のバルサには彼らの胸のうち、
その選択に至った理由は分からなかっただろうけれど、
ジグロを失い、二十代三十代を流れながら生活する中で、
過去に見たものの意味をバルサは少しずつ理解していったのだと思う。
ジグロの言うところの「良い経験」は、
何もすぐに身になって役立つものだけではなく、
数年数十年後に、はたと気づくようなそれもおそらく含んでいる。
ジグロは槍の技術と生活の方法、
つまりは我が身一つで生きるためのものに限らず、
もっと長い目で、バルサを一人の真っ当な人間にするために、
「育て」ようとしていたのだなあと思う。
たとえバルサがどんな稼業を選んだとしても、
老いていくことも含めて、人の道を外れないように。
他人の子であっても、むしろ他人の子を預かったからこそなのか、
自分を賭けて育て上げようとする姿勢は、
チャグムに対するバルサのそれと瓜二つでそうか、と思う。
国も血も越えて、彼らは確かに繋がっている。

放浪せねばならないという意味で家をもたないバルサと、
家族や村の中に居場所を見つけられず浮いてしまうタンダ。
天と地の…まではタンダは安定した場所をもつ存在、
バルサにとっての定点のように思っていたけれど、
小さな頃のタンダの様子を見ていると、
異界を見てしまうことや興味の対象が外に向いていることは、
考えていたよりはるかに決定的に、
タンダを村や家族から切り離していたんだなあと思った。
思えば夢の守り人の折には強くあちらに引かれて、
あやうく帰ってこられなくなるところだったわけで、
あれはタンダ自身の性質に本当に強く関係していたのかと今さら思う。
人の集団から離れて一人心身を鍛えるバルサをタンダが見つめ、
自分の見えないものと交わるタンダをバルサが恐れる。
おんちゃんの姿は哀れで胸を締め付けられるものがあるけれど、
それとは別に交わらないままに行き来し合う二人の視線を見ていると、
なんだかこそばゆいような気恥ずかしいような気分になった。
互いのその視線に気づき、見ているだけの距離を縮め、
ヨゴの端が本当に彼ら二人の帰る場所になるまであと二十年以上。
ジグロが生きていたなら、娘の背中を押しただろうか。
トロガイ師と一緒に意地っ張り同士の二人にやきもきしたりしたかも。
健全に伸び伸びと隣にある子供二人を見ていると、
余計なおせっかいをかけたくてうずうずしてしまった。

たくさんの人々の語られない物語にあふれた守り人世界。
その見通せない広さが魅力の一つなのは確かだけれど、
彼らのその後やあるいはあの時その時を、
たまにでいいからぜひ書き続けて欲しい。
それほどにこの世界に心捕らわれている。
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テーマ : 読書感想 - ジャンル : 本・雑誌


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