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2013.10.26 (Sat)

炎の蜃気楼40 千億の夜をこえて


炎の蜃気楼40 千億の夜をこえて
(2004/4/27)
桑原水菜

四百年、あるいはそれ以上を生きても、
一人の人間であるところからは、
多分誰も外れることができない。

初生から遠く離れた場所で、
戦い続けた彼らにとって、
それが一つの救いであったらいい。


【More・・・】

星の記憶というものがあるのなら、
人間の営みなんてものはあまりに些少で、
ページの何分も占めることはないだろうけれど、
心御柱が刻んできたのが「人間」の記憶で、
名を残すことなく死んだ数多の人々の思いが、
そこに余すところ刻まれているのなら、
それはまさしく人間というものの歴史なのだと思う。
直江と高耶が飲まれた激流の中に、
今闇戦国を戦う死者たちの、死の前の最初の思いも、
間違いなく一つの流れとなって存在している。
実体を伴う力をもって、国や人間存在の一部になっている。
思いを残して死んだがゆえの怨霊化だとしても、
彼らは意味のない、忘れられた一点ではなかったのだと、
そう思えば、何か一つ救われたような気になった。
そして同時に、長い長い特異な道のりを歩んだ二人も、
それぞれが一つの、一人の人間の流れだったのだと思った。
身体を換えても、いくつもの人生が混線しても、
高耶の魂は四百年前の浜辺に繋がっているし、
直江のそれを辿れば越後の直江信綱に戻っていく。
生きている彼らには迷いや苦しみが絶えなかったけれど、
彼らが何者であったのか、答えられる存在があったことが嬉しい。
高耶と直江、夜叉衆に赤鯨衆、それから多くの怨将たち。
死せる彼らの人生を見届けた。

これが最終巻であることは分かっていたし、
彼らの最後がどこへ決着するのかも、
方々からの情報でなんとなく察してはいたけれど、
それでも、彼らが岬の家、のような場所に、
どんな形であれたどり着けるのではないかと思っていた。
特に最終巻に至る数巻の間に、
二人の思いが結晶していくのを感じていたから、
どちらか一方への思い入れからではなく、
ただ単純に、高耶と直江の二人に、たどり着いて欲しかった。
だから、信長に大ダメージを与えて、
仰木高耶の肉体が限界を迎えて息絶えようとする、
それはつまり、死にかけた景虎の魂の最期であるそのとき
換生者たる彼らには何度も繰り返されたことだと分かっていながら、
浅い息や加速度的に失われる体温や、目の虚ろを想像し、
他ならぬ高耶のそれを腕の中で感じる直江の痛みを思い、
時空縫合のときとはうってかわって乱れない直江に代わるように、
本を握って慟哭せずにはいられなかった。
これで、本当に、彼らが互いの温度を感じることも、
言葉を交わすことさえも最後なのだと思えば、
今までで一番苦しい「御意」だった。

四百年の間に何人もの他人の身体を奪って生きてきて、
身体が個人とそれほど深く繋がっていないと思っていた部分もあったのに、
高校生のときに直江と再会して、
様々な戦闘で傷を負い、紆余曲折の末直江を受け入れたのは、
20年少々を生きてきたこの高耶の肉体以外になかったのだなあと思った。
換生か憑依かに関係なく、他人の身体で生きることは、
どんな目的があろうとやはり責められて仕方のないことで、
潮が直面した生者の反発の言葉は、
自分の身体で生きることが叶わなかった「仰木高耶」や、
人生の貴重な時間を他人に乗っ取られた多くの現代人の声なんでしょう。
四国以外の場所で死の後を生きる者は誰しもそれに無関係でいられない。
それを前提として飲み込んだ上で、
それでも「本来の」所有者ではない魂を宿して、
その肉体は、現実の時間を血潮をめぐらせて生きたのだと思う。
ものを食って、寝て、愛したり愛されたりするそのことは、
「本来の」魂でもって生きる者たちとなんら変わらない。
怨将たちの身体は彼らのものではないけれど、
身体が過ごした時間は、魂のものだと言っていいのかもしれない。
それで何が許されるわけでもないのだけれど、
他人の身体でもって二度目の死を受け入れた者たちを見送りながら、
血の通った身体で生きることの重さを思った。

第六天魔王であり、覇王であり、悪魔のごとき信長にも、
初生の頃、死の後の生など想定もしなかった頃があって、
その最初の人生と一度目の死のとき、男が何を感じていたのか、
心御柱の中で二人が見たものを一緒に垣間見て、
信長をここまで突き動かしていたものは、
結果として世界を塗り替えるレベルの影響力をもってしまっても、
結局のところは一人の人間の範疇のもので、
甚だ陳腐な言い方だし、信長自身も鼻で笑うだろうけれど、
高耶や直江、神につらなる弥勒も含めた、
闇戦国を戦った者たちと同じ一人の人間だったんだなあと思う。
違うところがあるとすれば、
少なくとも表面上、男が人生に満足して死んだことか。
生ききったと思った人生に余白を与えられたことで、
自分が信じて踏みしめた道が分からなくなって、
初生とその後に与えられた時間の両方を肯定するために、
奪い合いの理を突き詰めていったのだとしたら、
恨むべきは、信長をあの炎の中で終わらせなかった存在なのかもしれない。
二人がそれぞれに語るように、直江とのそれとは違う意味で、
高耶と信長が相似の存在であったなら、
信長の振り子を止めてやる存在として、
そして景虎の四百年の最後に相対する存在として、
相手が存在することは互いにとって幸福なことだったのだろうと思う。
覇王にとっても、多分四百年はあまりに長かった。

それぞれの戦いや、生者たちのこれからや、
浄化を受け入れた者たちについてや、それから小太郎や、
語り足りないことは多々あれどとりあえず、
夜叉衆と高坂と、桑原さんにお疲れ様でしたを言おう。

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