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2013.11.07 (Thu)

しろいろの街の、その骨の体温の


しろいろの街の、その骨の体温の
(2012/9/20)
村田沙耶香

「女の子」であれ「男の子」であれ、
あの小さな教室の中でさえ、
横一列には並べられない。
正しさで価値の差は越えられない。

成長をやめた骨の沈黙の底で、
少女は身のうちの化け物と相対する。


【More・・・】

教室には階級がある。
たとえ「いじめ」などなかったとしても、
おそらく大抵の教室に当たり前に存在する。
それは友達同士の「グループ」の並列とは全く違う、
厳然とした上下の関係をもったものだから、
「学校は社会の縮図」なのだという言葉は、
ただひたすらに下位の生徒たちを絶望させる。
少なくとも私が結佳と同じ年齢だった頃は、
この教室の規模を拡大させたものが社会であるなら、
大人になる前に自分も含めて全員死ねばいいと思っていた。
その絶望は中学生としてはありふれたものだったのだろうけれど、
結佳が見ている教室、彼女の首を絞める様々なもの、
そのどれもにあまりに見覚えがあり過ぎて、
すでに遠いはずのあの教室の空気をありありと思い出して、
結佳と一緒に何度もえずいた。
それでも今ならば彼女の見ている世界の狭さや、
感じている息苦しさを減らす方法が分かる。
教室と社会は完全な相似ではないし、
伊吹の憎らしい正しさが力をもつ場所も確かにあることを知っている。
それに気づけるときまで、彼女に手遅れになって欲しくなくて、
誰か、と終盤はずっと彼女への助けを探していた。
結局一人で自分の価値観に気づいた彼女に拍手を。

「この年の子はみんな、世界で一番自分を可愛いと思ってるか、
世界で一番醜いと思ってる」ものだと言う、
結佳のお母さんの言葉は、半分ほどは正しいと思う。
結佳の言葉を借りるなら、多分彼らの鏡はみんな「壊れて」いる。
だから美しいものも醜いものも殊更に拡大されて、
たやすく狭い世界を一杯にしてしまう。
そういう傾向があることは確かかもしれないけれど、
だからと言って子供は自分の見ているものが世界の全部で、
しかもそれが永遠だなんてことは信じていないと思う。
信子が「上」の奴らを見返す日を思うように、
伊吹が「早いかもしれない」と言って躊躇するように、
彼らは自分が今いる場所が終点でないことをちゃんと知っている。
大人と呼ばれる日が来ることを、様々に恐れながら、信じているのだと思う。
でも時折見られる、「先を信じることで今を耐える」ようなことは、
中学生諸君にはあまり意味のある言葉ではないのかもしれない。
彼らやかつて中学生であった読者が教室で直面した苦しさは、
多分十年と少しの人生で初めての、見越せない大きさのもので、
その屈辱や嫌悪、あるいは優越は、過去も未来も塗りつぶす。
本当はそんなことはないのに、そう感じられてしまう。
何を言っているのか分からなくなってきたけれど、
結佳だけでなく、若葉ちゃんや馬堀さん、小川さんも井上たちも、
誰を見ても誰かの顔が浮かんで、冷静でいられなかったということ。

階級の下から二番目のグループからではあっても、
「観察」という手段で全員を見下すことで、
結佳は自尊心をどうにか保っていたのだと思う。
キラキラきらめく「上」で「中心」の女の子にはなれなくても、
小学生の頃「嫌い」という言葉で輪郭を保ったように、
観察する側の特別な子供であるような錯覚の中でなら息ができた。
「変わっている」と言われると胸が躍る感覚も、
彼女がしていることや、階級やなんかに対する述懐も、
まさしく似たような場所にいた自分のそれのようで、
だから伊吹の指摘は耳に痛く、正しさが苛立たしかった。
まっすぐに指摘してくれるあんな人間は自分にはいなかったけれど、
もしもあの頃、結佳と同じことを言われたならば、
彼女よりもまだ支離滅裂に激しく拒絶しただろうと思う。
伊吹の言葉を「正論」とみなせるだけ結佳はまだ素直に思える。
結佳が自分の熱を「初恋という化け物」と呼び、
級友たちの恋を清らかなものと感じることも、
しつこく伊吹を子供と呼びそう信じようとし続けることも、
自身の幼さと中途半端な成熟の両方を拒むがゆえのものでしょう。
本当はそれほど醜くなどない馬堀さんをみなが蔑むように、
結佳もまた自分の願望と習慣のベールなしに、
他人も自分も見ることができなくなっていたのだと思う。
終盤そのベールの卑怯さを方々に見抜かれていたことが分かったことが、
痛くて仕方なかったけれど、少し小気味良かった。

女の子の矢印を集める男子とは、
エピソードを振りまくのが上手い子なんだと結佳は言うけれど、
そういう視点で見るなら、伊吹にとっての結佳は、
四年生の頃からずっとそういう女の子だったのかもしれない。
乱暴に性的なものへの接触のきっかけを与えることで、
「女の子」というものや自分の男を初めて意識させた子であり、
それが結佳の本当ではないとしても、
自分や他の女の子とは違う見方で街を見て、
自分だけに教室でのものとは全く違う顔を見せる女の子。
結佳はその辺のことに気がついていなかったんだと思う。
伊吹をせめて「おもちゃ」に留めておきたくて、
少年が四年の間にどれほど成長したのかを、
認識しようとしなかったから。
多分伊吹ははっきりと「付き合う」ことについて口にする以前から、
結佳がこちらをちゃんと見てくれるように色々していて、
「これもだめかあ」というのはそういうことなんだと思う。
そう考えると伊吹をただの幸せさんだと思う結佳は確かに、
壊れた鏡を抱えて目も耳も塞ぐとても「痛い」子で、
ひどく勝手な「気持ち悪い」子でもあった。
少なからぬ意味で特別だったはずの女の子に、
「嫌いだ」と言うために出向く伊吹は誠実でやはり正しかった。
10年後の伊吹をぜひ見てみたいと思う。

自分の身体に対する嫌悪感。
発狂しなければ恋ではないという確信。
拒絶されることに対する根深い怯え。
どこを切り取っても結佳は刺さる。

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