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2013.12.14 (Sat)

たぶんねこ


たぶんねこ
(2013/7/22)
畠中恵

資格を得れば、何者かになれるのか。
職を移れば、人生を乗り換えられるのか。
誰と共にあれば、幸福だと言えるのか。

ここがどこで、己は誰で、今日はどこへ続くのか。
全ては己で決めるしかない。


【More・・・】

人生というやつが本当に一度きりなのか、
確かなことを言える人間などいないと思うけれど、
少なくとも私が覚えている人生は今のこれきりで、
過ぎてしまった時を戻る方法も知らないのだから、
「5マス戻る」とかいうマスのない双六を、
ふいに上がりに至るまで続けるしかないのだと思う。
ボードゲームのように俯瞰することの難しいこの双六の上、
あの小さな車に乗った棒人間の視点のまま、
1か精精2ばかりの賽を振り、気づかないうちに岐路に立ち、
こうしろああしろと指示して来ない白マスばかりを辿る。
そんな風に一生を考えると呆然としてしまって、
人生が人生ゲームのようだったら良いのに、と思ってしまうことはある。
職業や伴侶や幸福を画一的に決めて貰えたら楽なのに、と。
月丸は死んで、人生の上がりを自覚して、その何もなさに足をとられた。
江戸に、つまりは人の間に戻りたいと願うのは、
一度俯瞰した今なら何者かになれるかもと思うからでしょう。
けれど結局幽霊になっても何かになれず、迷いが消えないのは、
月丸自身が自分を定義しきれていないからだろうという気がする。
楽しいときがあり、仲間がいて、仕事もいくつも経験して、
そのどこかで、自分が何者なのかを、月丸は決めなければいけなかった。
月丸には何かを得たと見えた人間たちはみな、多分それをしたのだと思う。
何者かになりたいと願うばかりで腹の据わらない男まで、
長く受け入れてくれるのだから、神の庭は本当に懐が深い。

一太郎が比較的、あくまで普段に比べて、元気なので、
本人が外で活動する話が多くなり、
結果巻き込まれの頻度が上がってその度ヒヤヒヤした。
一度はあの河原まで行って帰ってきた御仁だから、
病に関してはそう簡単に命を落としたりしないだろうけれど、
やれ川だやれ盛り場だやれ夜の路地裏だとなると、
落ちたり刺されたり転んだりでコロッと致命傷になってしまいそうで、
なんだか兄やたちの心配の病気が移ってしまった気さえする。
ただまあ、初めて外で働いたり栄吉の役に立てたり、
自分を役立たずだと思っているきらいがある一太郎にとっては、
約半年の健康は大きな実りになったんだろうと思う。
実質的な能力としては何か身についたわけではないし、
もちろんたまたま元気だっただけで体も丈夫になってはいないけれど、
ほんの少しでもお金を稼げたり、自分の工夫が功を奏したり、
そういう経験を、一太郎はもっとできたらいいし、
できるにはどうすればいいのだろうと本気で考えた。
初めての稼ぎをお守りにする一太郎を見ていると、
何かを成せるという自信さえあれば、
あるいはあの四文のようなものがもう幾つかあれば、
この人はたとえいつかいよいよ床から離れられなくなっても、
自分を役立たずなんて思わずに、この世に踏ん張ってくれる気がした。
いい加減妖で容量オーバーな離れの主には長生きして貰わなくては。

妖が見えて、しかも付き合いがある人はごく少ないらしいし、
なんとなく一太郎に関わる所以外で、
妖が人間の世間に馴染んで生活している想像をしていなかったので、
古松や於こんのように、人間に化けて、
人間として生きる選択が妖の中にあるのに驚いた。
おぎんやいつぞや人間と恋した神様もその一例といえば一例だけれど、
神や大妖くらいの大物に限った話のように思っていた。
神の庭なるところに出入りを許されている時点で、
平均以上の力をもっているのかもしれないにしても、
まんまお転婆世間知らずのお嬢様狐の於こんでさえ、
人間への嫁入り(準備)を許して貰えるくらいには、
人と妖の距離は存外近かった、というか、
一太郎のような人間に関わることなく、
人間を近しいものとして捉える者達がいるらしいことが嬉しかった。
一太郎が何度も何度も胸を締め付けられてきたように、
人の間で、絆を作って生きることは妖にとっても辛いことのはずで、
古松も多分そういう別れを経験してきたんだろうと思う。
子を成しても、その子とも生きる時間が違う。
それでも町で人と関わって生きることを望む者たちがいるのは、
それくらい江戸の町と人が魅力的だからなんでしょう。
今回は上手くいかなかったけれど、狐の嫁入りが楽しみです。

記憶をなくした男がふらふらとさ迷うのを見ながら、
なんだか前にもこんなことあったなあと思い、
あの時記憶をなくしたのは佐助の方だったかと思い出した。
今回は妖の力ではなく単純に物理衝撃で飛んだらしく、
妖も頭をぶつければ記憶がなくなるのか、と妙な感心をしてしまった。
物理的なものだったから若だんなを見てもすぐには思い出せず、
これは河童の妙薬の出番かと思ったけれども、
全く別件でちらりと姿を現したおぎんさんで一発復活とは、
万物を知る白沢たる者が記憶喪失というだけでも名折れなのに、
いくら若だんな一番が堂に入ってもそこは不変か、と、
屏風のぞき辺りに大いにからかわれるネタが出来てしまったなあ仁吉。
出るも戻るもなかなかに大変だという神の庭だけれど、
まるで間違って思わぬ人に携帯でコールしてしまったかのような、
おぎんさんの軽いノリがおたえさんと重なって、
やっぱりこの二人は親子なんだなあと思った。
三途の川に行っても巾着に落っこちても、
おやまあ困ったね、くらいの感じだった一太郎も、
思えば確かにその流れの中にいるのが分かる。
お守りたる白狐が生真面目な感じなのを考えると、
この雰囲気は単純におぎんの性格由来のものだろうと思う。
もしも一太郎に子ができて、親子三代が四代になったら大変楽しい。

律儀で義理堅いことだけれども、
毎度毎度騒動の種となる河童の妙薬。
そろそろ別の礼の仕方を頼んだ方がいいかもしれない。

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