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2013.12.24 (Tue)

吉祥寺の朝日奈くん


吉祥寺の朝日奈くん
(2009/12/11)
中田永一

忘れられない人がいる。
未練でなく、憎悪でなく、
ただ時々首を傾げたりニヤついたり、
そんな思い出に根を張る人がいる。

彼らも今を生きている。
そう思うだけでわくわくできるなら、
出会えて良かったということなんだろう。


【More・・・】

転校する同級生から手紙を貰ったことがある。
個人的なロマンスではなく、
彼はマメにもクラスの全員にそれを渡していたから、
各々に感謝と別れを言いたかっただけなのだと思う。
実際友人に見せて貰ったそれはそのような内容だった。
ただ、「きみはお茶目な人です。あばよ」とは、
その二行しか書いていない手紙とは、一体何だったのか、
今でも彼の意図が分からないでいる。
特別書くことがなくて苦し紛れだったのか、
あるいは何か読み取るべきものがあったのか、
そもそも「お茶目な」一面など見せた覚えもないのに、
彼は私の何を見てそう思ったのか、とんと分からないけれども、
同じ教室にいる間は目立った交流もなかった彼のことが、
その手紙の存在だけで忘れられないものになったのは確かで、
一生心に残り続けるものとは劇的なエピソードではなく、
もしかしたらこういう些細で意味の不明瞭なものなのかもと思う。
意図と言うなら、もしかしたらその全員への手紙というのも、
特別な誰か一人への手紙を紛れさせるための仕掛けだったのかもしれない。
反射のような脊髄を通さない行動を除けば、
意思を、意図を伴わない行動などおそらくほとんど存在しない。
多分誰も彼もが皮膚の直下に意図を充填させて生きている。
ささやかで、優しくて、小気味良い人々に彼をだぶらせた。

収録された5篇全てに恋する人が出てきて、
それが物語の原動力になってもいるので、
恋愛小説、と言うこともできるだろうけれど、
全体の印象としては、ずっと思い出話を聞いているような感があった。
恋についての、というより、恋を含む、というような思い出話。
特に朝比奈くん以外の3篇は高校生が中心ということもあって、
恋があって、それは重要な要素でありながらも、
それだけで全部ではなかったはずなのに、
振り返ってみるとそればかりになっているのを、
本人が苦笑いで語っているような距離感だった気がする。
その青春の一ページが現在にどう繋がっているのか、という話が冒頭の2篇、
と考えるなら、これはどちらもこそばゆい結末だった。
悪い意味ではなく、むず痒い。真っ当さが眩しい。
「交換日記…」の和泉遙という女性は、
本人が卑屈になるのも仕方ないくらいのしょうもない人で、
多分「圭太」への告白にもそれほどの情熱はなかったんだろうと思う。
本人が述懐する通り、当時の彼女の言動から考えても、
憧れとか、勢いとか、そういう程度だったように見える。
それでも「圭太」は彼女を忘れず、ちゃんと思い出にし、
思い出の中の彼女の現在を思いがけず知ることになっても、
幻滅したりせずに、喜びと感動を催すような人間でいる。
交換日記や小説の題名の直球さはさておき、素直に真っ当な人なのだなあと思う。
交換というかもはや流通日記なノートに登場する全員に、それはあてはまる。

「ラクガキをめぐる冒険」も、至極真っ当な人々、
というより、語り手たる千春が群を抜いて真っ当な感覚の持ち主で、
変人的に楽しい森アキラと一緒にこの子とも友達になりたいと思った。
真っ当さという意味では、遠山真之介も同じなのだけれど、
森アキラと友達を続けられている点から見ても、
この人も相当に変人の類だろうなあと思う。
途中で転校したとはいえ、誰にも覚えられていないというのには、
目立たないでいる、とは全く異なるスキルが必要なので、
それをしれっと発揮した上でさらっといなくなったことを考えると、
この人も少し違えば第二の森アキラだった気がする。だから友達なのか。
それに比較すれば、千春の真っ当さがよく分かる。
目立たないでいようという信条を持って生活していたというのに、
夜の学校に侵入しようとしたのはまさしく義憤だし、
同じことを考えて鉢合わせした男子に淡く恋しちゃったり、
それでも些細な齟齬からその彼に考えたくない疑いを抱いたり、
細かく言えば思いがけず遠山探しが広範囲に及んだことに腰が引けたり、
そういう、森アキラのための義憤だけではない、
ごく普通の小市民的感覚がとても好ましいと思った。
遠山真之介を婿に取ったという女性のことも気になるし、
森アキラの不遜へたれと千春の行く末も面白そうなので、
この人たちのそれからを単体で読みたい。

「三角形はこわさないでおく」の三人のいじらしさからすると、
「吉祥寺…」の人々の駆け引きが駆け引きじみて見え過ぎるけれど、
お金に目が眩んで人を傷つけるような策略に乗りました、ということを、
歯を折りながら守ろうとした程の人に正面から言う時点で、
朝日奈くんの思いは相当のものだったのが分かるから、
聖書が宣う永遠を裏切り、裏切られながらも、
それでも…と言って抱擁する二人が美しく思えるのだと思う。
ただ相手を抱き締めるというだけであれば、
何年か後のハッピーエンドの甘さを想像しただろうけれど、
「嵐のなかでふきとばされないように」という描写に、
彼らの物語はこの場面で最後なのだと思った。
朝日奈くんは、そして多分真野さんもこの時点では、
ダメかもしれないと思いながら、将来を信じている。
でも、披露宴で永遠を誓っても飲み込まれてしまうような嵐が、
体を離してしまった二人に襲いかからないわけもなく、
遠野の存在が言い訳に使われてしまう将来さえ簡単に想像できてしまう。
可愛さ爆発の遠野のためにもそんな未来はお断りで、
だからこそ始まっていたことを認め、その上で一度終わらせて、
そこから二人は永遠を信じる努力を始めるべきなのではないか、などと、
お節介の野暮天でしかないことを思ったりした。
緊張の一夜にランボーで号泣する真野さんに惚れた。

共通の趣味:献血、な二人。
やたら細かい献血ルームの描写に、
同じ趣味を持つ者として何度も頷いた。

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