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2014.01.24 (Fri)

猫とあほんだら

猫とあほんだら猫とあほんだら
(2011/05/13)
町田 康

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猫は三日で恩を忘れない。
三年経っても痛みを覚えている。
喧嘩の作法と同じように、
仲直りの作法も知っている。

にゃあ、や、なあ、の中に、
人の言葉を超える心を込めるのだ。

【More・・・】

街中で自由に寝て、食べて、喧嘩して、
さらには番っている野良猫という存在は、
思えばおかしなものだなあと思うことがある。
人間の生活圏にほぼ完全にかぶる形で、
自らの生活圏を持っている動物なんてのは、
野良猫以外にいないような気さえする。
犬の状況との差には防疫的な問題が関係するので、
一概に動物としての性質に集約することはできないけれども、
それでも猫が持っている人との距離感が、今のようでなければ、
人は街中の猫の存在を許すことができないだろうし、
猫も人とこういう距離で生活したりはしないだろうと思う。
もちろん野良猫の存在は人と猫の双方に様々な問題を生じさせて、
それが元で猫に煮え油を浴びせようとする人がいたり、
人に憎悪をたぎらせる猫になってしまったりしているわけで、
猫という動物と人の社会の関係については、
まだまだ考えるべきことが多くある。
その上で、待ち合わせ場所に見知らぬ猫が丸まっていたり、
どこぞの猫が庭に通ってくるような距離感のまま、
両者が共存し続けられたらいい、などと、
町田家の猫模様を眺めながら、しみじみと夢想した。

定期的に出ている猫エッセイの第三弾。
殖やしたわけでも増やしたわけでもないのに、
気がつけば猫が増えていく町田さん家の様子は、
実家のそれと酷似していて懐かしくなった。
今回は伊豆への引越しとそれにまつわる猫事情が中心で、
そもそも環境の変化を嫌う傾向の強い猫を七匹、
うち四匹が人を恐れる傾向を持っているとなれば、
その移送がどれだけ困難なものなのか、
お見舞いを述べたくなるくらいに察せられた。
名前は分かっていても呼んで来るものではないし、
無理にケージに詰め込めば関係に修復不可能な傷がつき、
それ以前に本気抵抗時のあの爪と牙は、十二分に脅威だし、
シャアッという怒りの声には心を折られる。
動物が嫌がることをそれでもしなければならない際には、
この心を折られるというやつがなかなかに厄介で、
最終的に奴らに「お前なんか知らん」という顔をされては、
何か他の手段がないかと、逃げの手を打ちたくなってしまう。
家人さんがいなければ、引越しは生涯終わらなかったと思う。

文章を書いている町田康さんは、
言ってしまえば家の中の親父さんポジションで、
家人さんから見ればまた別のポイントに別の感慨があり、
町田さんは猫に関して役に立たない人に成り下がるんだろうな、などと、
猫が見せる人によって変わる態度を思い出しながら思った。
エルは家人さんの手先から栄養が出ていると考えている、と
町田さんが思ってしまうくらいに、
ときに猫は家族の誰かに強く依存するし、
逆に餌を出したり寝床を提供したりという献身が、
全く考慮されず一度の薬投与で目の敵にされたりもする。
それは決して彼らが恩を三日で忘れる獣だからではなく、
行為とそのタイミングに確かな重み付けが存在するからなのだと思う。
そうして欲しいまさにそのときそうしてくれないならば、
いかなる献身も評価に値しない、といいような価値観を、
猫はベースとして持っている気がする。
畢竟最も彼らに接する時間の長い人間が、
そのタイミングを読むことに長けるようになるので、
親父さんポジション、つまり仕事やなんかの合間に、
人間側の都合の合間に世話を焼くだけの人間が、
家族内で猫の最愛の人間になることは難しい。
酒を飲んで踊りたくなる気持ちもよく分かる。

動物の動作にアフレコ的に台詞をつける、というより、
「悪戯を怒ったら『違う僕じゃない』とか言い訳するんだ」的に、
さも奴らがそう喋ったかのように人に語ると、
特に疑問に思わず「そうそううちのも…」と続く人と、
「ああこの人はペットを擬人化してしまう人なんだな」という感じで、
生温かい視線とともに微笑んでくれる人とがいて、
多分後者がこの本を読むのは辛いだろうなと思う。
弁解のようになってしまうけれども、
猫に限らず大抵の動物には個体ごとの性格や個性があるし、
言い訳もすれば嘘もつく。見得も虚勢も張る。
嘲笑もすれば、慰めもする。そういう心を持っている。
そして声帯の問題で発声はできなくても、
少なくとも猫には人の言葉の一部は確実に通じている。
つまりは人の言動に猫の心が反応し、
その心の動きを人間側が読み取ったとき、
それは相互コミュニケーションと呼べるものだと思う。
猫には人への憎悪を忘れない賢さと、
共に暮らす人間の存在を時間をかけて許容する優しさが同居する。
などと気障ったらしく書いて要約すると、
そんな猫を愛しているというそれに尽きるのは、きっと町田さんも同じだ。

できる限りのことをしてやりたいと思い、
実際そういう風に生活を組み替えて、
それでも最期を見送るとき、
きみは幸福だったかと問うてしまう。
その心がよく分かるからわずかな描写がたまらない。

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