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2014.01.28 (Tue)

R.P.G.


R.P.G.
(2001/8/21)
宮部みゆき

演じることは、噓だ。
本当や本物にめっきすることだ。

ただしそれが望んだ役ならば、
一度就いた場所を離れることは難しい。
熱が役者を離さない。


【More・・・】

許すことを諦めることは違う。
前者が対象を受け入れることであるとすれば、
後者は受け入れられないことを認めることだ。
人間関係におけるこじれに絞って考えるなら、
大抵の場合諦める方が簡単で、許すことは難しい。
対象は他人、自分とは異なる存在であるという前提が、
相手を丸ごと受け入れることを困難にする。
ただし、家族あるいは親子という関係においては、
それは逆になってしまうのかもしれない。
自分が属する、自分に属する存在を、
受け入れることができないのだと認めることは、
許すこと以上に受け入れがたい現実になり得る。
でも本当は家族だろうと見ず知らずの某だろうと、
属すとか何とかいう関係性は、
へその緒が切れた時点で、誰の間にも存在しない。
それをお互いに認められなかったこと、
つまりは相手を諦めることができなかったことが、
所田親子の関係における悲劇なのだと思う。
子が親のものではないことを親が自覚せねばならないように、
子は少なくともある時点からは親に親を押し付けてはいけない。
賢い彼女にもう少し早く誰かがそれを示して欲しかった。

事件の描写と回想以外のほぼ全編が、
一つの取調室の周辺で展開する構成、
しかも容疑者と物的証拠が出揃った状態で始まるので、
事実関係を整理したり時系列を考えたりする必要はなく、
関係者が語るそれぞれの事情、
言い換えれば彼らが事件の前後に何を感じていたのか、という、
事件の物理的な構造に関係する論理ではない部分に、
自然に集中して聞くことになった。
犯人が捕まった後の、「動機の解明が急がれる」の真逆、
動機、一人の人間が殺人に至る心の動きの部分から、
事件を組み立てる形に書き手が作り込んだことを考えると、
解説と重複するけれども、書き手の上手さに脱帽する。
全体の構造を把握した後に振り返ってみると、
確かに重要な関係者として呼ばれた三人は、
誰かいつ何をした何を言ったという部分ではなく、
三人と殺された男の関係性はどのようなものだったのか、
あるいはそもそもその男はどんな人間だったのか、という、
犯人逮捕に直接貢献しないような内容に終始していて、
それが重要なことだったとはいえ、
それをその場で聞かねばならないこともまた、
刑事たちの心を傷ませていたのだと思う。
あの場にいる誰もが、責められている気分だったのかもしれない。

所田氏を殺す動機と思われるものを持っている人間は、
警察が洗い出しただけでもなかなかの数に上る。
であれば所田氏は「恨みを買うような人物」になるのだろうけれど、
多分基本的には彼は成人男性として、父親として、
普通と言われるような人格の人間だったのだと思う。
若い娘にちやほやされるのが好きで、
彼女たちの力になってやりたいと、そんな自分に酔いながら思い、
思い通りにならない家族から目を逸らすように外に逃げる。
おそらくそんな風な在りようでいる中年男性は数多いて、
逃げ先の外が仕事だったり別の女性だったりする中で、
所田氏が作ったのは「家族」だったということ。
冷戦状態の娘の気を引こうとすることも、
父親的にはそう責められることではない。
でも、仲本刑事の言う通り、所田氏がやったことは、
確かに決して親が子にやってはいけないことだったと思う。
親と子の関係がある時期に冷えたりこじれたりすることは、
親だけでなく子にとっても乗り越えるべきことで、
所田氏は一美がそうしようと考えていたように、
二人が互いを諦められる時まで、娘を放っておくべきだった。
そうしさえすれば多分十年後くらいには、
一美は父との相容れなさを諦められたと思う。
一美の怒りは娘として真っ当で、その真っ当さの結果が悲しい。

「子供」である一美をはめるためのこの劇は、
本当は必要なかったものなのだと思う。
物証はなくても石黒くんに多少の揺さぶりをかければ、
自供を取ることはそう難しくなかった気がするし、
一美の動向を把握したままそれを進めることも多分できた。
それでも仲本刑事がこの劇の脚本を書き舞台を用意したのは、
一美に自供を促すためでもあると同時に、
役者の口を通じて、一美の父親とその「家族」のことを、
示してやるために行われたのではないかと思う。
おそらく噓のなかった所田氏の言葉が、
結果として娘の殺意の引き金となったように、
本物を求めた所田氏の「家族」が、
結局は劇の域を出ることができなかったように、
本物であることも本物らしさも同じように空虚になることがある。
それを見て一美が追い詰められるのではなく、
父と母について何かを悟ってくれることを、
刑事たちは願っていたのかもしれない。
どこを切り取っても彼女のことばかりが思われる。

石津刑事が語る彼女のこと。
模倣犯たる男のような後味だったらと怯えながら、
十字砲火の事件に戻ろうと思う。

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