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2014.02.11 (Tue)

忘れ村のイェンと深海の犬


忘れ村のイェンと深海の犬
(2013/11/22)
冴崎伸

この世界で、人間は無力だ。
捕食者の優位も、支配者の叡智も、
人の持ち物ではない。

それでも少女は世界に焦がれる。
守るべきものを知ったその日からより強く。


【More・・・】

故郷はどこかと聞かれたときに、
幼少期を過ごした土地を答えることはできるけれども、
その場所に固有の郷愁を抱いたり、
あるいはその土地のために何かしたいと思うような、
そういう場所がそこなのかと言えば違うような気がする。
故郷だから良いものだとは限らないだろうから、
生まれ育った土地を故郷と呼べないその感覚自体が、
おそらくは故郷に対する曖昧な憧れの一種なのだとも思いながら、
遠きにありて思うもの、を確かに持っている人間は、
そうでない人間よりも固い地盤の上にいるのではないかと思ったりもする。
そんなことを考えながらイェンと一緒に小さな村と、
それを飲み込む大きく、あまりに人間が無力な世界を旅して、
この物語は王国の危機を救った英雄の幼少期の物語ではなく、
イェンという少女が故郷を得る過程の話なのだと思った。
生まれ育った場所ではあっても、シェールが村人を殺してしまうまで、
彼女は多分村に自分が積み重ねてきた時間も、
二代前の村人たちが築いたものの重みも認識していなかった。
ただ大きな外の世界に憧れ、自由に焦がれていた。
自分が呼び込んだ村の危機で崩れ去るものを目の当たりにして、
そのとき同時に自分の中に崩れるものがあることを知って、
ホローはやっと彼女の故郷になったのだと思う。
目標を定めた彼女の足元の確かさに少し嫉妬した。

イェンの生きる世界は全く人間のものではなくて、
それは開発が進んでいないというレベルでさえない。
「族」と呼ばれる巨獣が種類も数も膨大に存在し、
それ以外にも人間など一飲みするような生物が数多いる。
彼らとの間に境界線を引き、折り合いをつけることに関しては、
檻以外の方法もこれから少しずつ発達していくだろうけれど、
この世界の人間の根底に刻まれた無力感のようなもの、
自分たちなど一瞬で捕食され得る生き物なのだという実感は、
たとえ黒墨たちの国の任でも拭いきれないものであるように思う。
ファンタジー世界的な雰囲気は「獣の奏者 」に近く、
世界に対する人間の無力さという点では、
トリコ 」のグルメ界に立った時の絶望が、
檻の外の世界の人間にとっての苛烈さにもある気がする。
村の中の男の子たちとの喧嘩には無敗ではあっても、
イェンにはグルメ細胞も獣と意思を交わす笛もないので、
檻の外は死の世界そのものなのだけれど、
イェンが檻の登ったりして広大な世界の姿に胸を高鳴らせるたび、
子供が外に焦がれる気持ちの前では己の無力さなど無意味なのだと思った。
家族への迫害の前でも、族との戦闘においても、
終始無力だった己に、イェンはに屈しなかった。
何ら特別力を持たない彼女の強さはそこにあるのだと思う。

見知らぬ生き物が村内にいるだけで恐慌に陥った村人たちは、
普通にペットを飼う都市の住人よりも愚かだったわけではなく、
檻に接した場所で生きることがどういうことなのか、
実感として全員が知っていたからこそ、
小さな異分子が村と生活を破壊し家族を奪うことを恐れたんでしょう。
迫害に激怒しながらもそのことを分かっていたイェンも、
村に馴染めないお転婆娘ではあったけれども、
ちゃんと村の子供の一人として、育っていたのだと思う。
だからこそ檻の外にいるシェールの親と、
それによって乱れている村人の心情を村そのものの危機として考えた。
イェンは確かに異分子が村に与える影響について、
シェールを拾うときにもっとよく考えるべきではあった。
でもイェンが責めを負うべきはその一点のみだろうとも思う。
兵士と漁師たちを動員した族の撃退作戦は、
そういう村人の心情を考えれば仕方のないことだったのかもしれないし、
族同士の情勢が変化すれば確かにシェールの親は脅威になったかもしれない。
でもたくさんの死人と村の破壊を招いた作戦は、
結果から見れば、明らかに過剰防衛でしかなかったように思う。
騒動のきっかけがイェンにあるのは間違いないし、
外部の力に頼ってでも族を追い払おうとしたのもイェンだけれども、
誰か外の人間、あるいは族の強大さを知る人間が、攻撃を止めるべきだった。
誰も族の本当の大きさを知らなかったがゆえの惨劇とはいえ、
軍の敗退と村の壊滅ぶりには目を覆いたくなった。

これでもかというくらいファンタジー的キャラクター盛りだくさんの中、
それでも全く埋もれないイェンの魅力は、
シュリが評価している通り物怖じしない勝気な性格と、
同時に自分の浅はかさや幼さに直面したときに、
それを素直に受け入れることができる点だと思う。
村で家庭に入るのは性質的に難しいだろうけれども、
たとえばボンゾの後を継ぐという道であれば、
檻の外とも関わりあいながら生きることができるわけで、
イェンにとっては悪くない選択肢だったと思う。
でも彼女が選んだのは村と、自分自身と、
守ることができなかったものを取り返すための道だった。
親のあれほどの強大さを目の当たりにした上でも
シェールがイェンにとって守るべきものであることが驚きだったけれど、
思えばシェールが村人を殺したときでさえも、
怯えながらも彼女はシェールを責めはしなかった。
深海の者に連れ去られようとするシェールに対して、
人間を軽く貫くその針でどうにか頑張れと言うのではなく、
相手が強くても、意思を失うなと、一緒に戦うからと、彼女は言う。
イェンは強い者の怯えも弱い者の意志の力も、
同じように考えることができる少女なのだと思う。
自身の愚かさを認める素直さが他者にも向いている。
彼女のこの先の手記をぜひとも読みたくなった。

ちょっとぼんやりしただけで上から下から食べられそうになるのに、
一体どうやってあの檻は建造しているのだろう。
ハイタカ並の超人的男たちが沢山いるのだとしたら、
ガロキン国の潜在的な戦力は侮れないですよ、ノヴァのみなさま。

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