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2014.03.08 (Sat)

妖怪アパートの幽雅な日常9


妖怪アパートの幽雅な日常9
(2013/11/15)
香月日輪

その時にしか経験できないものを、
その時経験できなかったとしても、
別の経験のうちにその時は過ぎる。

痛々しい後悔や幼い迷いの後にだけ、
見える光景もあるのだろう。


【More・・・】

憎悪には愛と同程度のエネルギーがあるのだろうけれど、
妬みの感情が、ただ他者と自分の差に対する嘆きであるなら、
それは全くもって非生産的な、ただの負の波なのかもしれない。
誰もが存在の根本からオンリーワンで、
優劣は基準次第でどんな風にも変わるものだから、
他者との比較それ自体が意味になるようなことも少ないのに、
わざわざそこに妬みなんてどろどろを塗り込んで着火して、
一体何になるのか、と言われれば反論しにくい。
でも、別に富樫の肩をもつわけでも、
夕士や千晶先生の言葉を否定したいわけでもなく、
どうにかなることをどうにもならないように思い詰め、
自分の内側を他者への妬みの炎で焦がして、
鎮火も何もかもを諦めて炎の燃えるに任せた後、
その経験をした人間だけが見る光景もあるだろうと単純に思った。
妬んだ分だけ自分は削れて縮み、しつこい煤がこびりつき、
焼け跡は見るも無残なものかもしれないけれども、
その光景を眼前に突きつけられて初めて、
自分のサイズを認識する人間もいて、多分富樫はそうだった。
諦めて、投げ出して、それでも炎が消える時が来ること自体が、
とても幸運なことなのだと承知しながら、
富樫も夕士や姦し娘に負けず劣らず、健全な青春の中にいるように見えた。
だんだんと佐藤さんのような気持ちになってきたなあ。

条東商業高校、夕士達の季節は高校三年生の秋から冬。
将来への不安があり、過ぎていく季節への寂しさがあり、
不安定になりがちな時期だろうと思うけれど、
夕士の身近なところにいる生徒たちは、
今この時を目一杯楽しむことに全速という感じで、
そのエネルギーたるや、夕士が羨ましいと言うのもよく分かる。
高校三年生の文化祭に全力の彼女たちのことを、
学校側も容認、というか推奨している雰囲気があって、
これは商業高校ならではのらしい雰囲気なのか、
あるいは彼女たちのまき散らすエネルギーの為せる技なのか、
いずれにしろ中堅進学校の普通科の出身としては、
高三のこの時期にこれだけ受験以外のことに全力を出せることが、
何か信じられないような気持ちにもなった。
もちろん彼女たちは楽をしているわけでも、
将来のことを考えていないわけでもない。
むしろただ学校の勧めるままに大学受験する生徒より、
よほど堅実に、具体的に将来の自分の姿を描いているのだと思う。
そうやって将来を見つめているからこそ、
友達ときゃあきゃあはしゃぎ、先生に黄色い声を飛ばす今が、
決して後から経験し直すことのできない瞬間だと知っているのかもしれない。
かけがえのない時間の中にいるときにそうと知っているなんて、
全く相変わらず見上げた娘達だなあと思う。

クラスの中心だと何とかそういう考え方自体、
夕士や娘たちはくだらないと一蹴するかもしれないけれど、
千晶先生を中心に据えた文化祭の盛り上がりを、
妬みと羨望をもって見ている人間はおそらく一定数いて、
自分のことを思えばそちら側の方が馴染みがあるゆえに、
富樫の幼稚な行いと叫びが堪らなく響いた。
もしもクラスの中心で盛り上がっている人間が、
将来のことなんか何も考えていない、少なくとも外からそう見えたなら、
富樫はあそこまで劣等感を募らせることはなかったと思う。
あるいはとてつもなく成績が良いとか、家がお金持ちだとか、
分かりやすく自分との間に線を引ける要素があったなら、
その線を拠り所にして貧しい心を慰めることもできた。
そうではなく、同じ場所に同じように立つクラスメイトだったから、
自分が抱える不安や焦りを微塵も感じさせない彼らの振るまいに、
何か責められているような、貶められているような、
そんな気分になってしまったのだろうと思う。
なってしまっていた頃のことを富樫を通して思い出した。
要は八つ当たりというか、単なる身勝手な劣等感なのだけれど、
富樫のように周囲に危機感を与えるような行動に出ない限り、
それをそうと自覚できる機会は存外少ない。
富樫は良い先生とクラスメイトに恵まれ、何より馬鹿ではなかった。
馬鹿な行いではなく、そのことを覚えていて欲しいと思う。

経歴が少しずつ明らかになるにつれて、
謎のただ者じゃなさの理由が一つ一つ納得されて、
結果、更にただ者じゃない感じになっていく千晶先生だけれども、
フールに対して見せる反応や前の旅館での騒動のことを考えると、
流石の千晶先生でも魔導士や霊能力者系の知り合いはあまりいないのか。
あるいは、以前夕士があくまで堅実で「真っ当な」道にこだわって、
魔導士の力を無視しようとしていたように、
千晶先生が歩んでいる道のことを慮って、
それ系の知り合いがその部分を見せないようにしている、という方が、
先生の顔の広さを考えるとしっくりくるような気もする。
千晶先生がアパートに家庭訪問に来て画家辺りと意気投合、
みたいな展開も大変面白そうではあるけれども、多分ないなあ。
今回の長谷と先生が初顔合わせにしても、
文化祭と夕士を介したものでしかなかったわけで、
話したことが合気道のことだと言うのだから、
この先共闘(?)みたいな展開もないか。それも大変惜しい。
でも北城のような仲間をたくさん作っている長谷からしたら、
一高校教員を激しく逸脱した人間関係を持っている先生は、
関わっておいて損のない相手であることは間違いなく、
十数年単位で見れば、二人の間でやり取りはすることはあるかも。
民俗学の准教あたりになった夕士がそれを見て苦笑いしたり。
シリーズも終盤で、ついつい将来の妄想に力が入る。

次巻は最終巻にして一波乱ある模様。
皆が無事次の場所に踏み出せるよう願っている。

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