2017年06月 / 05月≪ 123456789101112131415161718192021222324252627282930≫07月

2014.03.12 (Wed)

宇宙のみなしご


宇宙のみなしご
(2010/6/25)
森絵都

変えなければという危機感と、
変えるのだという決意と、
そしてそれを行動に移す勇気。
三点セットはなかなか揃わない。

中学生の本気を見た。

【More・・・】

子供が退屈というものを知るのは、
何かを「してはいけない」時間を知ってからだと思う。
たとえば親が大人だけで大人の話をしているとき、
子供は静かにちんとしていなければいけない。
走り回ったり、歌ったり、手近なものを投げたり、
そういうことはしてはいけない。すれば叱られる。
その時別の何か、叱られない遊びを見つけられる子供は、
退屈などしない。静かに楽しく、遊ぶことができるから。
その何かを見つけられなかったとき、
時間とエネルギーを持て余して、子供は退屈を知る。
のだとすればこの姉弟が退屈を知ったのは、
よほど大きくなってからのことなのだろうなあと思う。
基本的に両親は不在で、すぐにその場で叱られることは稀。
それでいて二人は面白くないことを恐れて、
息つく暇なく面白い遊びを探さずにはいられない性質だから、
後で叱られることになると分かっていても、
面白そうな遊びを思いつけば実行する。できてしまう。
姉弟にとってそれは腐らず育つための必要だったのだろうけれど、
そんな風な育ち方をして、しかも今まで大事なく来られたことを思うと、
何やら必死な子犬二匹を見ているような気持ちになった。
子犬が別の犬、全然違う育ち方をした相手に出会って、
新しい距離、新しい関係を築いていくのがこの話なのだと思う。
つまり、誰を見ていても可愛くて仕方が無いということ。

屋根登りは姉弟のいつもの遊びの一つだったはずなのに、
七瀬さんが決意を込めてそこに加わり、
キオスクが決意に押しつぶされて加わり損ね、
だんだんと遊びが自分から離れていってしまう感覚に、
イライラそわそわして煮物祭りをしながら言動を尖らせつつも、
特別親しかったわけでもない二人の気持ちを無下にせず、
何より成長に伴って変化していく弟を拒絶することもなく、
なんだかんだで他者を受け入れることができる陽子は、
とても素直に、良い子に育っていますよ、と親御さんに申し上げたい。
もちろんそれに負けず劣らずリンも良い子なのだけれど、
基本的に穏やかで人当たりが良くて空気を読むスキルのために、
人に嫌われることも嫌うこともない弟と比べると、
言いたいことはずけずけ言う、というか言い過ぎるし、
その割にクラスでキオスクと関わるのを恐れたり、
七瀬さんに一言言うのに何日もうだうだ逡巡したり、
存外臆病で卑怯なところがある陽子は一歩間違えば、
クラスで爪弾きに遭いそうなものなのに、
七瀬さんが憧れてしまうくらい特殊な地位を得ているは、
一重にその激しい言動の下にある確かな温かさのためなのだと思う。、
一見放任されまくりの自分たち姉弟が、
両親だけでなく、さおりさんや学校の先生や近所の人々に、
ちゃんと見守られていることを自覚しているだけで、
無謀なオリジナルの遊びは大目に見てやりたくなる。

不登校と言ってしまうと何か大事のようだけれど、
よほど何か分かりやすいきっかけがある場合を除いて、
クラスに一人二人の不登校なんてものは、
同じクラスの人間からすれば大した関心事にはならない。
不登校はそれが社会問題化された当初おそらくそうであったような、
子供の心の病や家庭の重大事などの代名詞ではなくなって、
今ではもう、ただ学校に来ていないこと、というだけの意味しかない。
もちろん今でも様々な問題の結果として不登校になる子はいるけれど、
学校に行かないことを積極的に選択する子供も一方ではいて、
そういうことを中学生は大人よりも身近に分かっているのだと思う。
だからキオスクのときのクラスメイトたちの反応は、
キオスクのそれ以前のクラスでのポジションを考えても、
別段冷たいわけでもなく、ごく当たり前のものに思えた。
クラスメイトたちはキオスクだから忘れようとしたわけではなく、
ただそこにいない者、場を共有しない者を忘れただけ、
むしろキオスクに対して特別な悪意がなかったからこそ、
「自殺」なんて言葉が外からやってくるまで、
キオスクを忘れておけたのだという気さえする。
まあそのことと本人がそれで傷つくかどうかは無関係なのだけれど、
陽子のことといい、何かと見当違いだなあキオスクよ。

普段は飄々としているくせに、
七瀬さんのことで普通に泥沼の落ち込みを見せるリンも、
一歩踏み出そうとして文字通り落下して、
挙げ句さらに抜け出しにくい事態に嵌まったキオスクも、
屋根登りーズ男子組の中学生らしさは可愛らしかったけれど、
七瀬さんと陽子、女子二人の微妙な距離感に、
クラスメイトが個別の友達になって
それよりも更に一歩近づくときの緊張をまざまざと思い出して、
落ち着かないやら恥ずかしいやら背を押したいやら、
一度縮まった距離が離れてしまった二人の様子をそわそわと見守った。
七瀬さんの手紙は陽子やリンとの関係に留まらず、
まるで自分自身に告白するように赤裸々に綴られていて、
これを書くこと自体が一つのハードルだっただろうに、
書いて、陽子に渡して、ということを自分でできる彼女は、
陽子が言うように一歩を自分で踏み出せる人なのだと思う。
笑顔で躱すリンや自分の真情に無自覚なところがある陽子よりも、
彼女は自分の在りようというものに真摯なのかもしれない。
どんな年代の人間にとっても自分を変えることには勇気が要る。
それが他人との関係を変化させるとなれば、
一歩を踏み出すことの恐怖はさらに大きくなる。
女子中学生の強さ、その震えながらの勇気に拍手した。

次のもっと面白くて安全な遊び。
仲良くたくさん叱られたあとに、
みんなでまた探せばいい。
スポンサーサイト

テーマ : 読書感想 - ジャンル : 本・雑誌


22:42  |  ま行その他  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

コメントを投稿する


 管理者だけに表示  (非公開コメント投稿可能)

▲PageTop

Trackback

この記事のトラックバックURL

→http://acon6960.blog40.fc2.com/tb.php/565-489a0e76

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック

▲PageTop

 | BLOGTOP |