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2014.07.03 (Thu)

僕とおじいちゃんと魔法の塔4


僕とおじいちゃんと魔法の塔4
(2011/5/25)
香月日輪

適した土壌と、十分な光と水だけで、
若い芽は大木になるわけではない。
支柱や剪定を適度にすれば、
それでいいというものでもない。

育てることにも育つことにも、
きっと定石などないのだ。

【More・・・】

少年・青年漫画に親しみ、手当たり次第小説を読み、
アニメはレンタルビデオで少しずつ見ていた。
海外医療ドラマが好きで、古い洋画も色々見たし、
夜の散歩に頻繁に出かけ、手芸や工作はほぼ一通りやったと思う。
動物と名のつくものには二次元も三次元もとりあえず触れ、
小説も書いたし、絵も描いた。妄想もたくさんした。
塔の内外でさまざまな体験を重ねていく少年少女を見ていて、
中学生の頃自分が何に興味を持っていたのか思い出した。
列挙するとインドア感が丸出しだけれど、
それで何か問題があるなんて欠片も思っていなかった気がする。
上手く出来ないことが興味の数と同じくらいあっても、
好きなことに向かうのは楽しくて、もっともっととばかり思っていた。
それは多分、そういう興味の方向性をもつ中学生が、
方々に伸びる枝を剪定することなくいられるように、
意味のない劣等感で縮んでしまわないように、
周囲の人々が計らってくれていたからなのだと、
龍神たちの成長を見守る大人組の嘆息で気がついた。
導きたい、腕の内で守りたいという思いを抑えて、
育っていく子供を育つままにするというのは、
龍神のお母さんを思えば、とても大変な、
それこそ大人にとっても一つの壁なのかもしれない。
育つ子供と見守る大人、両方の健やかさで混沌の塔は満ちている。

手に取るまでに前巻から随分間が開いてしまったので、
雅弥の事情などをほとんど忘れてしまったのだけれど、
やればなんでも出来てしまう美貌の少年が、
なぜ塔に通ってきているのかは、
雅弥が中心ではない今回の話だけでも、
彼の言動の端々から感じることができたと思う。
多分雅弥だけでなく、塔に入り浸る子供たちは、
それぞれに塔を必要としている理由をもっている。
そもそもは龍神が龍神として生きるために、
おじいちゃんの助けを得て見出した塔は、
今では晶子の遊び場であり、和人の息抜きの場所であり、
雅弥にとっては自分の熱の在り処を探す場で、
信久にとってはそのいずれでもあるような、
最盛期にはまだ遠いかもしれないながら、
偽江角が喜びそうな混沌の場になりつつある。
朝食やランチをわいわいと一緒に摂った後に、
各々のしたいことへと解散していく様子を見ていると、
したいことを思いつけずうろうろする和人でさえ、
貴重な学びの時間にいるのだなあと思う。
この塔で宿泊実習をしたい。青少年の家も悪くないけれど。

賛否あるのを承知で教育に一本筋を通し続ける姿勢は、
かつての母校を顧みるに、なかなか覚悟の要ることで、
そうしながら病める子供と保護者のケアも取り入れたりするあたり、
条西の経営陣、教師陣は進学校ぶりに堂が入ってると思う。
学力、いわゆるお勉強の成績で素行が不問にされたり、
価値の優劣の順位をはっきりとつけられることは、
不平等と言えばそう言うこともできるのだろうけれど、
その不平等の根源が意味をもつ場も確かにあって、
それにさらされたときどうするかを生徒に問うことも含めて、
この学校のシステムがあるのだとしたら、
むやみに文武両道を掲げ続けるようなところよりも、
よほど子供を育てることに条西は心を傾けている気がする。
上には上がいると知ることで足元の崩れるような気持ちになるのは、
中高生の頃を思えば、痛いくらい理解できる。
それは単に初めて壁や山を見上げただけのことで、
自分の何も損なわれてはいないのだけれど、
それに気づくのは、その最中にいるときは本当に難しい。
闇雲に駆け始めてしまえば、止まることさえ怖くなる。
猫を無残に殺し続けた少年たちへの憎悪をわきに押しやって、
彼らの内側を理解しようと試みれば、そんな風になる。
でも、次元を超える大魔女の言うことではあっても、
弄び殺した報いとしての死を回避することが、
あれだけの贖罪で済むのは何か納得いかない気もした。
怒りも見捨てる気持ち悪さも自分のものと、
はっきりと割り切る少年たちを見習うべきだとは思いながら。

家を出ることを決意して塔で暮らし始めた龍神が、
両親のことを妹と弟に任せたことは、
そこに確かな信頼があることは感じながらも、
まだ小学生だった龍神のさらに幼い弟妹に、
家なんていう重いものを押し付ける結果になってはいないかと、
龍神が父と母のことは、と言うたびに少し心配だった。
特に素直さが妹よりも少し固い感じのする和人が、
両親と、兄からの信頼と、妹と、と背負って気張りすぎて、
苦しい事態になりはしないかと思っていたのだけれど、
今回悪魔と対峙して露になった和人の迷いが、
とても真っ当で、かつ凝り固まらない柔らかさもあって、
そして何より家にいたときの龍神に似ている気もして、
この子はきっと大丈夫なんだろうと、
あの兄ではないけれど、すんなりと安心してしまった。
偽江角に投影されているものが江角本人ではなく、
悪魔と対峙する和人の中にある憧れで、
偽龍神の言葉も和人自身の焦りの表れなのだとしたら、
それを見破る強さも含めて、龍神の弟はよく育っている。
それでも、母が家族の変化を受け入れるためにも、
兄はたまには家に帰って、弟を助けてやってほしい。
兄にしか、長子にか出来ないこともきっとあると思うよ龍神。

大魔女の言う通り人間の意志に力があって、
壁も次元も越えることができるなら、
それをビームや剣やら玉状にすることもきっとできる。
人間の可能性はまこと素晴らしい。

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