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2014.07.30 (Wed)

カイマナヒラの家


カイマナヒラの家
(2004/2)
池沢直樹、芝田満之 他

待つ時間は、人を平らにする。
広く、やわらかく、
思わぬほどの深さまで、
心は延び、届く。

ハワイイの海辺は、
待つには良い場所だ。


【More・・・】

四方を海に囲まれた島国に生まれ育ってさえ、
ドライブの道すがら青い水平面が垣間見えれば、
思わず「海だ」と呟いてしまうあの反射は、
山に対する反応とはやや異なる気がする。
太古の時代、混沌の水から生まれた命に、
郷愁のようなものが刻まれているから、
あの青に嘆息せずにはいられないのだ、などと
ロマンを前面に押し出して言うこともできるかもしれない。
何にしろ、海は人の心に対して強い影響力を持っている。
静かな潮騒に思考を平らかにされ、
灰色の荒波に背筋を正せと言われる感覚は
どこで生まれ育っても、似たようなものなのではないかと思う。
波を待ち、波に乗っているときだけが人生だとでもいうように
サーフボードを抱えて海に向かい、
陸にいるときはいつでも海に焦がれているような人々は、
海のもつそういう力に囚われてしまったのかもしれない。
その中で物語の中心にいつもある一軒の家は、
彼らにとって確かな帰る場所であるように思えた。
つまるところ、海から生まれ、海に魅せられてはいても、
彼らの居場所は陸に、人と人の間にあるのだと思う。
海に帰っていったグレートーマザーの葬儀の光景は、
海に焦がれながら陸に住む全ての人々の憧れなのかもしれない。

ハワイのイメージは観光地、
あるいは島嶼的に得意な動植物の宝庫といったところで、
端的に言えば、はるかな南の島、だと思う。
南の国の温暖な気候と色彩の豊かさは、
楽園と称されるのも分からなくはないけれども。
力強い太陽に気を滅入らせるような人間にとっては、
わざわざ太平洋の真ん中まで波に乗りに行く衝動は理解しにくい。
ただ、「ハワイイの海を知ったら日本の海なんて」というのは、
別に日本を下に見ているわけでも海に限ったことでもなく、
ものの見方を変えられる出会いが、
そのときその場所で起こったということなのだろうと思う。
食べ物でも、人でも、出会いは人を変える可能性をもっていて、
それは、ときに次元を超えるような劇的変化になることもある。
罠にでもかかるように次々とハワイイに嵌っていく人々を見ていると、
ハワイイの、特に海に魔的な何かがあるような気さえしてくる。
島全体を包む気持ちよく乾いた緩い雰囲気に惹かれながらも、
人生を変えてしまう、場所の力というものに少しだけ戦いた。

それぞれの経緯、つまりは人生の出来事の経過の中で、
海辺の家に集まってきた人々には、
老いも若きも生命力のようなものが溢れていて、
日本海のような大きな内海ではなく、
大洋にほとんど身一つで漕ぎ出すには、
このくらいのみなぎるものが要るのか、とやや気圧されながら思う。
サーファーというとどうもチャラついた感じをもってしまうけれども、
波に乗る瞬間や乗っている間の描写よりも、
海上で波を待つ時間の仲間との軽いお喋りの描写が多かったり、
浜辺で波の具合に目を凝らしたりする間に、
各々にとって核心的な話を交わしたり、
そういう様子は今まで持っていたサーファーのイメージとずれていて、
この、実のところ待つことが行為の主体のような時間の過ごし方は、
何かに似ている、と考えていて、思いついたのは釣り人だった。
某太公望のように釣れない真っ直ぐの針で待つとまではいかなくても、
釣りの時間の大半は魚との格闘ではなく、
垂れた糸の先と波間を見つめ、竿先に感覚を集中し、
ながらも空を見たり水平線に心を飛ばしたり、他の釣り人と交流したり、
そういう時間にほとんどを占められるものだと思う。
家に出入りするサーファーが過ごす時間は、その点で釣り人に似ている。
海に向かう生命力と、待つ時間を受け入れる柔らかさ。
ハワイイの海は人のその両方を伸ばす存在でもあるのかもしれない。

家に出入りする男たちは基本的に陸では寡黙で、
波の上に語るべき言葉を置いてきたように見えたけれど、
女性たちは同じように波に乗る者ではあっても、
陸は陸で、波を待つだけではない生活を、
心の置き場所としてしっかりともっているような気がした。
だからこそ、恋をして、決断を迫られたときには、
男たちよりも潔く、海から上がることができるのだと思う。
海を愛し、カイマナヒラの家を愛しながら、
それ以外のものにも心を預ける余裕を残している彼女たちは、
人生の大部分を海と空の青で塗っているような男たちよりも、
鮮やかで美しく、魅力的に思った。
一つのものに心を預けてしまうことの心地よさも分かるから、
男たちの、陸の出来事や自分自身に対する鈍感さも、
魅せられてしまったものがあるなら、仕方ないとは思うけれども、
終わりきってしまってから、自分の恋を受け止めた「ぼく」は、
海に傾けた心の本の少しでも、自分と陸に残しておいたなら、
もう少し違った家との別れもあったのではないかと、野暮にも思った。
「ぼく」にまた良い波と人との出会いがあるよう、エールを送る。

生きる術をほとんど持たない勇太でも、
異国で生きようとする心一つは確かにあった。
ハワイイの懐は深く、優しい。

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