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2014.08.22 (Fri)

悲鳴伝


悲鳴伝
(2012/4/26)
西尾維新

目の前で起こったことは、
すでに起こってしまっている以上、
なかったことにはできない。
だから人はそれを受け入れる。
時間をかけて、工夫を凝らして。

英雄たる少年は、前を向く。
今立つ場所と、その先。
彼に触れられるのはそれだけなのだから。


【More・・・】

怪人と戦うヒーローに憧れたことがないわけではない。
悪と戦い、葛藤を抱えながら、傷つきながら、勝利する。
その姿は申し分なく格好良かった。
彼らのようになりたいと思ったことも確かにある。
でも全身スーツを身にまとい、秘密アイテムを駆使し、
怪人と戦いたいと思ったわけではない。
そんな大変そうで、何より変なものにはなりたくなかった。
ただ彼らが体現する正しさや真っ直ぐさ、
葛藤を跳ね除けるその心と身体の一致した強さが欲しいと思っただけ。
少なくとも私にとってヒーローであることの条件は、
能力や実績ではなく、その一致だったように思う。
だから、感動しない少年・空々をいきなりヒーローと呼ぶ軍は、
一家惨殺、学校放火というあんまりな勧誘を横におくとしても、
その言い分や説明を信用できない組織に見えた。
それはつまり当初の空々が何一つ一致しない、どころか
ズレを補正しようとしてさらにズレを大きくしているような少年だったということ。
何人怪人を殺しても、彼はヒーローにはならないだろうと思っていた。
けれど気がついてみれば、血みどろの逃亡劇の終わりには、
あの屋上で、空々はヒーローだった。そう見えた。
感動しないから、ではなく、感動しないまま、人はヒーローになれる。
味方同士で殺し合うけれども、いつでも変わっていく。
悲鳴を上げる前に、地球さんにもその点を考慮して欲しかった。

地球が人類を滅ぼそうとしている、という想像は、
近年ではSARSが発生したときに考えたことだし、
そんなにぶっ飛んだ設定ではないだろうと思うけれど、
その場合は、人類の存在自体を害とみなして滅ぼそうとす組織、などが、
星の代わりに出張ってくることが多いように思う。
そうでなければ、ヒーローは自分の足元と戦うことになるし、
そもそも直接向かい合って敵対するには、星は大きすぎて、
あちらの思考や戦略を想像することが人間には難しいんだろうと思う。
でも、空々、というよりは地球撲滅軍の敵は、地球という星そのもので、
色々と異常と歪みを抱えた組織ではあるようだけれど、
まずは何より、よくそんな大きな相手と敵対し続けられるな、と
所属員たちのモチベーションの維持に驚かざるを得なかった。
大いなる悲鳴が地球の意思だと知ったとしても、
災害に遭った以外の認識で地球を憎むことなどとても私にはできない気がする。
でも怪人の選別や、駆除か否かを決定する方法を改めて考えると、
多分地球と敵対するモチベーションを本当に保っている人間なんて、
洗脳に近い状態だった剣藤のような人間と、超上層部の数人くらいで、
ほとんどの人員は、人間を嫌悪する過程でたまたま幸運にも、
矛先を向けるべき相手を見つけられただけなのではないかと思う。
いやもしかしたら撲滅軍自体の始まりもそうだったのかもしれない。
怪人の存在も明らかではなく、見分ける方法も近年までなかったというのに、
地球が人類を滅ぼそうとする意思だけを確信するなんておそらく不可能で、
自ら破滅に向かう人類の外側に何らかの存在の意思を求め、
探しまくった結果、怪人という異物につきあたっただけなのではないかと思う。
あるいは人類全体に対して有害な人間をそう定義しただけ。
それがたまたま地球の戦略と合致していただけ。
人を守るために容赦なく人を殺す組織は、地球よりも人を憎んでいるように見えた。

何事にも感動しないという評価を受けているし、
飢皿木先生の診察を受けてからは自分でもそう認めているけれども、
空々は決して心を持たないというわけではなく、
むしろここではこう思うべきなのだろうと考えられるだけ、
人の心の動きに対して敏感ではあるのだろうと思う。
現実を受け入れる能力が高すぎるという評は、
その能力の高さが要は速さのことであるならとてもしっくりくる。
空々はおそらく誰よりも速く目の前にある現実を飲み込んで、
次、つまりは未来に目を向けることができるんだろうと思う。
だから目の前の死に足を取られることなく、
自分が生き残る未来のために今を使うことができる。
物語の中でその特性は何度も空々を救って、
その一方でそのことを本人は強く恥じているけれども、
それは、強さでもなければ恥じることでもないのではないかと思った。
現実を瞬間的に丸呑みできるのだとしても、
火傷しないわけでも、消化が早いわけでもないのだから、
家族や友人の虐殺に動揺を見せずに現実に対処したからと言って、
そのことを忘れたり許したりまで一瞬で行えるという理屈はない。
だから空々は多分剣藤を含めた撲滅軍のことを、
他の人間がおそらく当たり前にするように、憎んでいたのではないかと思う。
ただ彼の前にはいつも対処すべき現実が次々とやってきて、
過去の相手をしている余裕がないというだけのことのように見えた。
その余裕を少年にあげたくなったけれども、
現実の波が止まることは死と同義だから、それは難しい。
せめて年上のお姉さんの胸の中で眠る日々がもう少し続けば良かったのに。

空々と剣藤は一緒に暮らし、一緒に任務に赴き、
終盤は同じベットで眠るようになってさえ、
会話や互いの意図が通じ合っていることはほとんどなかった気がする。
それは空々のメンタルの問題でもあるし、
似ているようで実は全く異なる境遇のせいでもあるのだと思う。
剣藤が小さき悲鳴に遭ったことは多分全くの偶然で、
悲鳴が聞こえなかったことと彼女のメンタルに多少の関連があったとしても、
空々ほどは直接的なリンクではないように見える。
破壊丸で人や怪人を殺して、その度に心を引き絞るように叫ぶことになる、
それ以前に、彼女にはそれ以外の選択肢などほとんどなかった。
家族を焼き殺されたことも、自分が人や怪人を殺していることも、
何一つ空々のようには飲み込めはしないのに、
無理矢理体の奥にそれを詰め込んで、吐き気を無視して、
早く消化するために破壊丸を握り続けて更に死体を積み上げたのが、
彼女の撲滅軍での日々だったんでしょう。
地球への憎悪で感覚に蓋をする剣藤と特異なメンタルをもつ空々は、
自分の気持ちに鈍いのに他者のそれを思えるという共通点のために、
結果的に、近い場所に立つことができたと見ることができる、かもしれない。
少なくとも、空々の揺れなさを強さか堅さのように捉えていた花屋よりは、
たった数ヶ月の同居で、剣藤は空々空の実体に近づいていた気がする。
だからこそ剣藤は人生の残りの数時間だけでも、空々に恋をし、
空々は彼女の首を絞めて殺すことを選べたんだと思う。
花屋が勘繰らなければ、多分その勘繰りは真実にならなかった。
二人の終わりが奇跡的に優しく、悲しみが募るほどに、
クライマックスの舞台から落下していった少女のことが思われた。

犬であることを強いられた少女が、
本当は人間であったこと、人間として死んだことを、
喜び悲しむ人が飼い主だけではなくて良かった。
ギャンブラーはだから何だと笑うかもしれないけれど。



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