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2014.08.28 (Thu)

悲痛伝


悲痛伝
(2013/2/27)
西尾維新

合理なきルールの下で、
少年と少女たちは相対する。

その身体に携える生死のルールさえ、
共有しないまま。


【More・・・】

最初に経験する肩書きは学校名だろうと思う。
なんとか小学校何年何組何番、某ですと、
学外の人間に自己紹介するときは大抵そう名乗る。
小中高大専などと続き、社会にでれば職場名に変わり、
付けるべき肩書きを同時に複数もつこともよくあれば、
職を失ったりしてそれがゼロになることもままあるけれど、
少なくとも義務教育を受けている年齢のうちは、
名前しか名乗るものがないなんてことはそうないでしょう。
社会的には死んだことになっている空々にも仰々しい肩書きがあるし、
魔法少女たちにも絶和が与えた何かしらがある。
実際彼らは会話の最初にそれをつけて名を名乗る。
でも、四国がほぼ無人であることとは多分無関係に、
戦う少年少女たちはその本当の名と力以外に何も持たず、
一人が一人ずつ広い場所に立っているような気がした。
自ら名乗ってはいてもそれは足場にも後ろ盾になっていないし、
そもそもそうできるとは本人達が思っていない。そんな風に見えた。
それは、戦場で頼れるものは己のみ、という殺伐とした信念ゆえではなく、
単純に組織との関係の問題なのではないかと思う。
所属を持ちながら、彼らは帰属することでの安心感を得ることなく、
ただリスクばかりを背負わされて組織の大儀を体現する。
必要もないのに戦闘を繰り返す少年少女たちが、
自分の名一つで事足りる場で出会えたら良かったのに。

二度の逃亡、同僚ばかりを再起不能にしたこと、そもそもの異常性、
などを鑑みると、あの屋上での一幕のあとの空々は、
とても撲滅軍に居続けることなどできないだろうと思っていたけれど、
ところがどっこい肩書きだけとはいえ出世してました。
年齢は不問が慣例の組織とはいってもそれでいいのか撲滅軍。
あの舞台は花屋が完璧に他者を排斥していたのだろうから、
英雄が何をしたのかは、空々にしか説明することができなくて、
多分少年は上手くやったんでしょう。だからこその室長。
でも、その前の処分対象の逃亡幇助、さらに花屋の死に方を見れば、
詳細はどうあれ誰が誰を殺したのかは想像できるはずで、
そうであるなら少なくとも軍の上の方の人たちは、
それでも空々の英雄としての力を手放すことが惜しかったということになる。
メンタルの不動性は空々の専売特許だけれど、
どう考えてもこの先組織に忠誠を欠片も抱かなそうな危険な少年を、
手駒として持ち続けている軍もなかなかのものだと思う。
まあ危険性を承知されているからこその腫れ物扱い、捨て駒扱いで、
その点は、空々自身もあれからの半年の間に理解したからこそ、
実情を知ってしまえば惨めでさえある「醜悪」の顔を身につけて、
それと引き換えに生活を与えてもらっているということになるのか。
もはや剣藤のいないその生活にそれでも腰を落ち着けている空々は、
本当に行く場所のない少年なのだと改めて思った。

四国内部の状況を聞いて、まず思い浮かべたのはかの裏四国、
赤鯨の大将が作った生ける死者のための国なのだけれど、
空々の降り立った四国は、何のひねりもなく言葉のままの死の島で、
衛星ではなく霊的な眼で街を見たなら、大変な賑わいだったろうなと、
何一つ痕跡はないけれどあちこちに真新しい死が転がっているという、
胃のむかつくような四国の様子を緩和させるために想像した。
空々がパンプキンやパトス、ストロークではなく最初に證に会ったからこそ、
そのあと、あんな形でも生き残れたんだろうな、と思ったけれど、
どの道コラーゲン以外の少女であれば死ぬ順番の違いだけで、
結局は同じ、誤解と戦闘と死の繰り返しだったような気もする。
なんとか均衡を保ってゲームをしていた少女たちにとっては、
空々は存在するだけで迷惑な乱入者だろうから、
情報を得て共闘しようとする努力は、やはり成功し得なかったのかもしれない。
それでも生き残る確率を上げるためにそれを試み続ける空々を見ていて、
あれからの半年の間に一体どういう任務を与えられ、
どんな風に何を考えながらそれをこなしてきたんだろうかと思った。
多分場面場面で彼が瞬時に用意する選択肢自体に変化はない。
パトスに斬りかかることも、ストロークが殺されるまで待つことも、
半年前の空々でも並べた選択肢だろうと思うし、
最終的に選び取るものも変わっていないんだろうけれど、
空々は演じること、演じなければという切迫感をなくしたように見える。
それは少年の決断を早め、更なるギャンブルの中に彼を押し出す。
生きるための最善を選びながら、少しずつ死に向かっている気がする。
英雄が普通を演じたいと思う相手が再びできて、結末が変わることを願っている。

最初のトラップで死にかけたとき空々は、
自分も普通に、みんなと同じように死ぬのかと思っているけれど、
おそらくその意味するところはその呆気なさに対する感想で、
普通の子供、というところにそれ以上の含みはないのだと思うし、
希有なメンタル構造とそれ故のここ半年の経験を除けば、
確かに空々空は普通の13歳の野球少年とそう変わらない。
でもそれはそれだけで他の普通が全部帳消しになるくらい、
決定的に空々を特殊な子供にしてしまう特質なのだとも思っていた。
ただその後に続く魔法少女たちの連続した死や、
焚き火が火達磨に関して左博士に対して怒りを覚える様子を見ていて、
少なくとも死とその後に続くもの、その本人の与り知らぬ過程は、
空々の特殊性でさえ手が及ばないのかもしれないと思った。
空々はかつての知人を全員失っているけれども、
撲滅軍に入ってから知り合った者たちには顔や声、口調など、
生身の空々に繋がるものをそれなりの数の人間に知られている。
もしも空々が死亡したなら、彼らは空々を死者にして心の中にしまい、
必要が生じれば在りし空々について語るでしょう。
それは生き残った魔法少女たちや焚き火が、
死者について思うことと根本的には同じなのだと思う。
どんな、どの程度の感情であれ死者を思うこと、語ることは、悼むことで、
社会的にすでに死んでいる、親しい者など一人もいない空々でさえ、
生きた以上は誰かに普通に悼まれることになる、そのメンタルに関係なく。
「あの人」を何度も思う空々にそれを言ってやりたくなった。

某戯言使いは女装に違和感を感じさせない姿だったけれど、
筋トレが趣味の元野球少年にそれは無理だったらしい。
効率と合理をちょっと脇に置いて躊躇する少年が可愛かった。

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