2017年08月 / 07月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫09月

2014.09.17 (Wed)

偶然の音楽


偶然の音楽
(2001/11/28)
ポール・オースター

どこにも行けない夜、
逃げ込む場所が布団の中か、
情報や音の海ならば、
やがて朝日が追い立ててくれる。

そうできるなら、それが良い。
そうできたなら、何が変わっただろう。


【More・・・】

時を止めることはできないのだから、生きている限り明日は来る。
全てが一転して希望になるような明日になることもあれば、
今日より最悪の、悪化するばかりの明日も同じように来るのだから、
それは希望ではなく、ただの事実なのだと思う。
だからこそ閉塞感なんてものは文字通りただの感、
行き止まりなどどこにもない。それは命に許されていない。
とは思っているものの、その感に捕らわれて、
内と外、世界の全部に押しつぶされそうな時があることも分かるから、
移動しても移動しても一個の点であることからは逃れられないのに、
それを止めることが出来ないナッシュの放浪中の苦しさや、
姉夫婦と娘の所へ時折戻ってはまた移動に駆られていく悪循環に、
車をぶっ壊すでも何でもいいから誰か止めてやってくれと思った。
経済的・肉体的どちらの観点で考えても、
ナッシュの人生はどん詰まりどころか何でも出来る状態だし、
娘との関係も努力次第で取り戻すことは可能だったように思う。
にも関わらず、お金のことを考える必要がなくなって、
自分の人生と向き合ってもっと先に目をやったとき、
ナッシュは娘と一緒に今いる場所に留まることを選べなかった。
娘のために、それより何より自分のためを思うならば、
そうすべきだということはあの時点でもナッシュは分かっていた気がする。
留まって、憂鬱な努力をして、そこから人生を組み立て直すべきだった。
それでも、選べば出来ることが最善だと分かっていても、それを選べない。
身を任せるべきではない思いの方を取ってしまう。
ナッシュがふと自分を俯瞰する度に、君は私か、と思った。

大金ではあるけれども、一生遊べるというほどではないお金を、
全く何の苦労もなく突然手に入れたらどうするか。
貯金するか投資するか、あるいはパッと散財してしまうか、
どれを選んでも、物でも物でない何かでもいいから、
それで何かを得なければ、お金に意味はないわけで、
その点から言えば、ナッシュの一年余りの放浪は、
今までの生活からただただ自分を遠くにやりながら、
焦燥と疲労を重ねていくだけのものなのだから、
馬鹿なことをしようとしていると言うお姉さんの出発前の説得は、
全くもって正しい。自分が弟なら項垂れて聞き入れていたかもしれない。
でもお姉さんは涙ながらに思い留まらせようとしながらも、
弟が抱える空虚やそこから生まれる乾いた感情のことを、
共に育ち、独り立ちした後も見守る中で、知っていたのではないかと思った。
だからこそ姪へのせめての担保を確保した後は、
迷える弟が自分の幸福を見つけられるよう、送り出したんだろうと思う。
野原の窮地で届いた姉からの返信には、
世間体や姪を思う気持ちだけでなく本当に弟の幸福を願う温かさが見えて、
相棒を失って、一人無為な仕事に捕らわれているのはナッシュなのに、
窮地は何一つ変わっていないというのに、
人生や世界を諦めるには早いと、楽観しても良いような気になった。
まだお前の幸福を願っている人がいるぞ、と
ナッシュの背を叩いてやりたくもなった。それほどに姉の手紙は温かかった。
その温度一つで、男が自分を許容できたら良かったのに。

生活を捨てて放浪し、それを楽しみながら消耗し、
これではダメだと偶然の出会いに人生を賭け、思った通りに負け、
そこからやり直そうと心を決めて、騙されて友を失い、
その怒りを柱に据えようとしたのに現実の温かさに憎悪を緩め、
そして辿り着いた結末まで一貫して、ナッシュが捕らわれ続けていたものは、
純粋ではないということへの悲しみ、なのではないかと思う。
恋人は母に向かず、娘も娘ではなくなり、
堅く心に定めた思いも、たった数ヶ月でぐずぐずと形を損なう。
人間がただ一つの顔だけを持っているわけではないこと、
善悪も美醜も一つの身体にいくつも同居させ、
しかもそれは時間に抗う術なく刻々と変わっていくこと。
他人にも自分にも備わったその人間の柔らかさのようなものが、
ナッシュには堪えがたかったがために、それらに背を向け、
全きもの、単純で純粋な存在を求めて、男は走っていたような気がする。
もしそうだとすれば、大金を得てそれを求める余裕が生まれたことは、
結末に至る前から、ナッシュにとって不幸だったのだと思う。
男が求めるような全きものなんて、人間の中に見つかるわけがない。
それこそ一人野原で石でも積み続けない限りは。
見つからない以上、それを承知で探し続けるか、
あるいは理想からは遠い雑とした人間を受け入れるかの二択しかなく、
ナッシュは多分その両方を拒んで、あるいは疲れて、
そしてポーカーの夜に一枚のカードに車と財産を賭けたように、
ハンドルを握る己にその先を委ねたのだと思う。
男は賭けに勝ったのか負けたのか、まだ考えている。

ポッツィは家族の事情についてナッシュと似た境遇ではあるけれども、
その行動理念、人生をどう見ているのかについては、
二人はあまり共通したところを持っていなかったように思う。
ある時点で、たまたま同じ賭けに乗ったというだけで、
同じ金額を同じ出所から賭けていても、
二人がその夜の賭けに本当に乗せているものは多分異なっている。
与太話のような過去が事実なら、ポッツィにとってポーカーは、
自分の手で人生を進むための手段の一つで、
それはありもしない純粋さを求めてさ迷うナッシュよりも、
はるかに能動的で、人生に対して肯定的な姿勢の表れだったんだと思う。
ポッツィは狂える億万長者たちや愚かな者達を笑いながらも、
自分の人生の行き当たりばったりを自分のものとしてちゃんと引き受けて、
ナッシュのように一晩のポーカーに人生を賭けるものではなく、
人生のためにポーカーを利用しようとしていたからこそ、
それを避ける手段があるのにみすみす自由を奪われるようなことは、
彼のこれまでからすればあり得ないことだったんでしょう。
50日の間ナッシュはポッツィを見守る姿勢を取っていたけれど、
本当はポッツィの方がそんなバカな選択をする不安定な男を、
見捨てることができなくて、そこに留まっていたのかもしれない。
あの夜何が起きたのか真相は分からないけれども、
元消防士が助からないと感じた状態で生き延びた確率は低い気がする。
それでも無事に病院代も踏み倒して逃げおおせたのだと、
そんな想像をして胸を詰まらせてしまうほど魅力的な男だった。

30kg前後もあるような石を積み続ける作業など、
体力的に出来たものではないと思うけれども、
一日の仕事が目に見える形で重なっていくというのは、
とても羨ましいことであるような気がした。

スポンサーサイト

テーマ : 読書感想 - ジャンル : 本・雑誌


01:53  |  ポール・オースター  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

コメントを投稿する


 管理者だけに表示  (非公開コメント投稿可能)

▲PageTop

Trackback

この記事のトラックバックURL

→http://acon6960.blog40.fc2.com/tb.php/588-094d5c44

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック

▲PageTop

 | BLOGTOP |