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2014.10.02 (Thu)

憑物語


憑物語
(2012/9/27)
西尾維新

もはや人間ではない少女には、
力があり意思があり、
そして危うい友達がいる。

ならば動かない表情の中に、
心を見出すことは簡単だ。


【More・・・】

対価という考え方はとてもシンプルで美しく、
等価交換やらそのまま対価やらと言葉を色々に、
さまざまな物語で、現実で、その理は世界の基盤に据えられている。
公平さを信奉することに基づくそのバランスは、
世界というものの一側面になり得るのだろうとも思うけれど、
絶対の裁量権をもってその公平を与えてくれるような存在など、
少なくとも万人にとってのそんな存在はどこにもいない。
罰のないまま罪が容易く看過され、
善意に悪意が投げ返されるようなことは、ごく普通に、どこででも起こる。
だから、1に何かしらの1に思えるものが返ってきたとしても、
そこに安易に相関を見出したりしないようにすることは、
現象と現実を正確に受け止めるためには重要なことで、
そこを誤まればあっという間に人は自分への甘美な認識に囚われる。
それはたとえば自己憐憫、自己陶酔、自尊心の肥大やその喪失、
いずれも囚われれば脱け出しにくく、自覚しにくいから、
そこで、おい、と一声かけてくれる人がもしもいたなら、
それは決して無視してはいけない声だろうと思う。
阿良々木くんは自分の場当たりさや優柔不断の結果として、
鏡に映りこむことが出来る人生を失ったけれど、
だからと言って、それは報いではない。まして罰などであるわけがない。
人とは言えない化け物になっても、人のように生きることを諦めて、
人として愛してくれる人のことを忘れて良いわけもない。
これだけ愛され、何度も痛々しくそれを自覚させられてきながら、
いまだ簡単に自分を手放そうとするような男の指など、
怖いお姉さんにでも優しい童女にでも折られてしまえばいい。

この約一年で阿良々木くんがやってきたことをざっくり言えば、
目の前の誰かを助けようと、その度ごとに自分を賭け、
身を削って駆けずり回ってきた、ということなのだけれど、
思えば忍と和解して以後の血のやり取りの描写は、
忍の栄養補給というよりも吸血鬼の力を必要とするがゆえの、
いわば阿良々木くんの側の都合によるものが多かった気がする。
のび太くんがドラえもんに頼るほどではないにしろ、
困ったときの忍ちゃんという感は確かにあった。
もしも鬼に血を与えることで鬼に成ると分かっていたとしても、などと
本人はそんな仮定でもって助けたいと思った過去と、
その結果の現在、未来を受け入れようとしているけれど、
本当に考えなければいけないことはそんなものではなく、
「もしも鬼の力がなかったとしても俺は」なのではないかと思う。
王の力は強大でほとんどの怪異に対するジョーカーだったけれど、
それはやはり人間が使ってはいけないものだったのだと、
阿良々木くんが認めなければ、いくら誓おうと、忍と切り離されようと、
同じような選択の前に立たされることになったら、
この男はまた自分自身を天秤に乗せて事にあたる。
それでは瀕死の吸血鬼に自分を差し出した時から何も変わっていない。
ただそれでも、もう戻れないところから自分の現在を肯定するなら、
おそらくは鬼の力の有無とは無関係に、どうしても彼女たちを助けたいと、
そう思わずにはいられない心の方を足場にするべきだと思う。
取る手段も反省の仕方も悉く張り倒したくなりような主人公だけれど、
何度でも、どの地点からでも、彼女たちに手を伸ばす根性だけは評価したい。

無表情で普段心の動きの読みにくい余接が、
元は同じように人間だった忍や、人間である影縫さんよりも、
人のためには自分の人間らしさを投げ出しがちな友達が、
これ以上鬼に近づかないことを強く望むのを見ていて、
間違いなく人で、かつ人らしく振舞えることの価値は、
間違いなく人だったのに、もはや人とは決して言えない余接にとって、
他の誰よりも重みをもっているのかもしれないと思った。
人間の憑喪神の材料になった人間、余接になる前の彼女が、
どんな人間だったのか、なぜ憑喪神に成ったのかについては、
結局ほとんど何も語られていないわけで、
憑喪神である状態に彼女の意思が関わっているのかは分からない。
でも少なくとも彼女は今の自分を化け物だと言う。
命じられれば、いや、命じられなくとも自分の意思で人を殺す、
殺すことを選択肢に入れて、実行できるのは化け物だからだと。
そんな風にして、憑喪神と人間の距離を思っている彼女には、
全く人間ではなくても人の形で人として生きている月火ちゃんや、
人でなしであっても人である正弦と、彼らを躊躇なく殺せる自分を、
同じ位置に置くことはできないのかもしれない。
けれど、かつての忍が共に生きる化け物を求めたのとは対照的に、
「お願いだから」人間に留まると誓って欲しいと、
化け物の立場から言うような子が人間と遠いようには思えなかった。
コイン何枚でも使って、また童女と遊んでやってくれ、阿良々木くん。

正弦は多分、本人が感じている通り、配置されたんだろうし、
その、配置された、という感覚を本人が覚えていること自体が、
扇ちゃんの思惑の内であるような気もしてぞっとした。
負い目を感じることに関して天下一品の我らが主人公が、
この後またぞろ「自分のために」「配置され」「「死んだ」正弦に対して、
要らぬ負い目を感じる展開が目に見えているだけに、
正弦がそれに気づかず、阿良々木くんとただぶつかっていたなら、
結果は余弦の独断という同じ地点になっていたとしても、
そこだけは多少軽減されていただろうことを考えると、
今回の件での扇ちゃんの目的は、余弦と別れさせることだけでなく、
中途半端でいることで、人も怪異も傷つけ、死人さえ出すのだということを、
阿良々木くんに突きつけることだったのかもしれないと思った。
扇ちゃんの目的が具体的に何なのかいまだに分からないけれども、
「ちゃんとした」ものが好きだというのならば、
元吸血鬼を影に住まわせる元人間もどきの吸血鬼もどきが、
人と怪異の間で右往左往命を賭けているなんて状態は、
気持ちが悪い以外の何物でもないのかもしれず、
案外扇ちゃんのちょっかいの大元はそれだけなのかも。
忍の力に頼る以前の阿良々木くんがしていたようなやり方は
扇ちゃんに対してはとても難しいような気がするけれども、
自分が人間に留まることを望んでくれる人々のためにも、
何よりこんな日常を出来る限り長くガハラさんと続けるために、
阿良々木くんはこの先その方法を選ばねばならないのだろうと思う。
死ぬ気で、死ねる身体でいるために、もうひと踏ん張り頑張れ。

少女二人とぎゅうぎゅうに詰め込まれた神原は、
賽銭箱の中で良い夢見ただろうなと思う。

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