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2015.02.20 (Fri)

夏の塩 魚住くんシリーズⅠ


夏の塩 魚住くんシリーズⅠ
(2014/7/25)
榎田ユウリ

魚住くんは問題のある男だ。
常識以外にも大事なものをいくつも、
そこら辺に落っことしてしまっている。

隣に居続けるのに必要なのは、
まずは自分の人生だ。


【More・・・】

放っておけない人というのはいる。
それがたとえば頻繁に机の角にぶつかる、蹴躓くなど、
物理的に危ない感じがする人の場合ならば、
手を引いたり、いちいち指図してあげれば良いだけのことで、
それをすることは面倒ではあるかもしれないけれど、
放っておいて大怪我されて寝覚めが悪くなるよりは良いだろうと思う。
何よりそういう人が相手ならば、完全ではなくても確かな助けなれる。
意地悪く言い換えるなら、相手の便利な存在になれる。
それが出来ることは誰かを放っておけないと思ったときには、
相手にとってではなく、放っておけないと思う人間にとって、
幸運なことなのだと、魚住くんのどうしようもなさを見ていて思った。
魚住くんが抱える様々な問題に対して、
外側から他人ができることは本当に少ない。
傷は彼の内側にあって、そこに手を伸ばすことは難しいし、
無理に触れようとすれば、おそらくこちらの手がどうかなる。
魚住くんは種々の凶器が砂に混じったアリ地獄の底にいながら、
アリジゴクではなくアリであるような男だと思う。
一番苦痛を感じているのはもちろん魚住くん自身のはずだけれど、
彼の表情とは裏腹の内面の満身創痍ぶりに気づきながら、
魚住くんと付き合いを続けている人たちの思いを想像すると、
この男の罪作りを責めたくなったりもした。
今のところ語られているエピソードの限りでは彼には全く非がないので、
そんなことで責めるのは理不尽でしかない。
ああでも魚住くんにはそんな理不尽が似合う、などと考えて、
自分もこの男のアリ地獄に一歩踏み込んでいることに気がついた。

魚住くんの経歴はまだ一部しか語られていないけれど、
その一部だけでもこの男を手放しに哀れむには十分で、
いっそマリさんのように笑い飛ばしてやるくらいの方が、
辛かったねかわいそうだねと言うより誠実であるような気さえする。
しかも不運は留まるところを知らずまだ続いていて、
何かそういう不幸系の神様でも憑いているのかと思ってしまう。
魚住くんの感情表現の乏しさが食欲の消滅や勃起不全のように、
きっかけとなるような経験に起因して発生しているものならば、
それらの過去を飲み下すことさえできれば、
「朗らかな魚住くん」のようなものが出てくるのかもしれない。
ただ、単なる印象ながら、そうではないのではないかと思った。
多少強められた面はあるのかもしれないけれど、
魚住くんのそういう部分は元々もっていたもので、
むしろそういう性質であることも不運の一部になっているように思った。
不運に見舞われたとき、心が波立ったとき、
もっと外に向けて激しく怒ったり泣いたりすることができたならば、
魚住くんが見舞われた不運はもう少しマシに展開しただろうと思う。
どこぞの北海道出身の美しい少年少女ではないけれども、
魚住くんの美貌もまた呪われた顔と言えるかもしれない。
まあ生来の部分を指してそうでなかったなら、なんて仮定は、
魚住くんの現在に対して何の意味もないものだろうし、
この男に必要だったのはもっと直感的な片割れだったんでしょう。
久留米がそうなのかどうか、展開に期待しようと思う。

不運で常識がなくて繊細な内面をもちながら、
それを整った顔に乏しい感情表現をのせて包んだ男・魚住くんに対して、
久留米という男がどういう人間なのかまだ良く分からない。
魚住くんの死んだ愛犬を処理しに行ってやったり、
何ヶ月も居候を許しながら、色々な面倒もなんだかんだとこなして、
そういう点から考えると、とても親切な懐の大きい男、なのだけれど、
それだけではない、久留米を形作る何かがまだあるような気がする。
マリさんの言うところの鈍さとは別のもっと生臭い思いのようなもの、
魚住くんの容赦ない不運よりはありきたりで、
その分だけ歪みを蓄積してしまうような何かが、
過去か、あるいは現在進行形であるのではないかと、
あっけらんとしているように見えてぎこちないこの男の無関心を見ていると、
ついついお前は中に何を持っているんだと探りたくなってしまう。
そこまで陰惨な何かではないかもしれないけれども、
魚住くんの不運を気にしないで共に暮らすためには、
巻き込まれずに自分の人生に留まるための錨が要るだろうと思う。
久留米にとってそれは一体何なのだろうと読みながらずっと考えていた。
少しずつ魚住くんとの距離を「大学時代の友人」から変えていく中で、
久留米がその錨を引き抜いてしまわないように願っている。
そんなことをしては魚住くんと共倒れるだけだから、
なんとか錨の鎖をぎりぎりまで伸ばして、
魚住くんをアリ地獄から引きずり出してやってほしい。
その時は優しいインド人とマリさんがきっと一緒に頑張ってくれるだろう。

優しいインド人ことサリームのこと、マリさんと魚住くんの過去、
憎らしいけれども憎めない濱田さんや響子ちゃんの可愛さについてなど、
久留米のこと以外にもまだまだ語ってほしいことは沢山あるけれども、
菌を扱う大学院生のくせに注意散漫で実験下手な魚住くんの学校生活が、
実験機器の話や先輩ドクターや指導教官との関係などなど、
懐かしい要素が多くて見ていて楽しいので、
久留米との関係も進めながら、学校の方も舞台になってくれると、
細かいところで楽しくて良いなあなどと欲張りに思った。
遠心分離器と洗濯機が似ているとかいう話に留まらず、
超音波洗浄機で眼鏡を洗うとか、停電で培養や数ヶ月の操作が灰燼に帰すとか、
セカンド以下で入れる方々がどうとかごにょごにょ。
そんな話ではないのは重々承知だけれども、
折角魚住君が結構ガチな感じの研究室で大学院生やってるわけだし、
人類の未来のためになるかどうか分からない大学生の生活というものを、
思う存分披露して久留米に唾を吐かれたらいいと思う。
菌の培養は不得手ながら、泥酔時のみ複数カ国語を操り、
心と身体を虐めて本気を出せば翻訳もこなせる有能な魚住くんは、
将来何になろうと思っているのだろう、何も考えていなさそうだけれど。
博士に進む気なのか、民間で研究職でもするのか。
それ以前に生命と文化的生活の維持を自分でできるようになることが先決か。
まだ新装文庫版で3冊はあるので、まだ料理のレパートリーは増やせる。
料理偏差値的には似たりよったりの久留米を肥やしたらいい。

勃起不全に軽い拒食、不調に対する不感などなど、
およそ生きる意思の大半を失っているような症状だけれども、
本人の自覚としては各種感情が正常に生きているようなので、
死にたいなどと宣われるよりは幾分マシか、いやより重傷なのか。
専門家に相談するのも一つの手だと思うよ魚住くん。

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