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2015.04.22 (Wed)

愛犬ボーイの生活と意見


愛犬ボーイの生活と意見
(1997/3)
ピーター・メイル

人はするけれど、犬はしないことがある。
逆もまたしかり。

君が何を考えているか分からない。
そういう相手と暮らしている。
首を傾げながら、隣にいる。

犬もまた、しかり。


【More・・・】

膝下か、精々腿くらいの高さから、
まっすぐな視線を感じて振り返るとき、
人間は、共に暮らす動物の頭の中を想像する。
人よりも小さな脳と、人よりずっと鋭敏な感覚器官をもつ獣には、
一体世界はどう見えていて、何を思って、
いま何を望んでいるのかを想像せずにはいられない。
ご飯だ、遊びだ、散歩だ、とそのあたりまでは、
一緒に暮らすうちに大方のところは読めるようになるけれど、
どんなに一緒に暮らしても、なぜ、はなくならない。
メイルさん夫妻と暮らすボーイの目線で語られる日々は、
人間とその社会への、何より夫妻への疑問に満ちていて、
そうか、犬も同じなのかもしれない、と思った。
人間には犬の寝場所選択や興奮の理由を理解できないことがあるように、
犬にも、人間の習慣や怒りを理解できない時があるんでしょう。
そしておそらく、その相手への理解と不可解の割合は、
過ごした時に応じて、犬と人で同じ割合なのだと思う。
犬には理解できないだろうと人間が微笑んで思うのと同じだけ、
犬は人間には理解できないだろうなとため息をつくのかもしれない。
その呆れてしまう気持ちの中には、どちらにも親愛がある。
何を考えているのか分からない不可解な生き物と共に暮らす。
その楽しみを、犬も感じてくれていたら人間としては嬉しい。

ボーイの子供時代はまるで我輩は犬であるという感じでで、
才能ある(と飼い主が思っている)動物の生まれに関して、
世界共通の何かがあるのかと思ってしまった。
もちろんこのくだりはある日ふいに拾われてきた犬の様子から、
メイルさんが想像したことでしかないのだけれど、
ボールの芸で人を楽しませ、恋をし、モデルになり、
テーブルの下で人間のどんちゃん騒ぎに参加するこの愛嬌たっぷりの犬が、
どこで生まれて、どんな風にボロボロの野良犬になったのか、
それもまた一緒に暮らしていれば、
想像せずにはいられないことの一つだろうなと思った。
拾った、買った、貰った、なんか勝手に来た、のどれであっても、
動物がやってきた時のドラマが微笑みと共に何度も語られることで、
血の繋がりどころか種さえ違っているにも関わらず、
家族が殖えるときと全く同じように動物は家の中に入っていくのだと思う。
参入の一幕は、動物が家族として扱われるようになる過程の、
その最初の一つでしかなく、日々の中でドラマは更に重ねられていく。
純粋に犬の立場から見れば、多分人間の勘違も多くあって、
全く何を言っているんだ、という感じかもしれないけれど、
ボーイがそうしているように、犬も人間の日々の阿呆を見て、
人に対する慈しみを育んでいてくれるならいいなあと想像した。
そんな風にボーイの頭の中を描くメイルさんも、
同じ願いをもっているような気がした。

「南仏プロヴァンスの12か月」は、寡聞にして未読だけれども、
ボーイから見たプロヴァンスの風景は、隣人や地域の気風も含めて、
犬を三頭飼って、「日々部屋で壁を睨んで鉛筆を削る仕事」をするには、
丁度良い環境であるように見えた。
楽園のしっぽ」のような生活に憧れたこともあるけれど、
日本でこれを実現しようと思うと経済的な困難もさることながら、
地形の問題で水平方向の解放感は得がたく、
本当にこんな風に家を構えて暮らそうと思ったら、
現代では国外に出る方がまだ現実的なのかもしれないな、などと、
自宅で稼いでいけるあてもないのに考えてしまった。
とはいえ田舎でのゆったりした生活のはずが、
気がつけば来客とご近所問題の絶えない騒々しい日々になっていて、
どこへ行っても、人の生活圏で暮らす限りは、そんなものなのだろうとも思う。
メイルさん夫妻も毎度毎度面倒な人々と大騒ぎしては、
これが最後だと鼻息荒くしているようだけれど、
結局また誰それを招いて、頼みを聞いて、面倒を抱え込んでいる。
本当に不可解な生き物だねえ、ボーイ。

犬の美点としてよく挙げられるのが、
主人への忠誠や裏表のない感情表現だけれど、
メイルさんに対する裏表も思惑もありまくるボーイの態度は、
つまりはメイルさんがボーイのそういう部分も含めて、
この犬の愛すべき点として捉えていたということなんだと思う。
多くの犬飼いが知っているように、犬は正直なだけの生き物ではない。
嘘やごまかしを知っているし、人に愛想も使う。
だから忠誠や感情表現の豊かさは必ずしも犬の全てではないし、
それでもあえて犬の美点を挙げるとするならば、
そういう人間へのおもねりのようなものを、
人に悟られようが何だろうが隠そうともせず、
率直に使っていくという点での素直さかもしれない。
などというのは、猫の下僕として長く過ごしてきた人間の、
ねじれた見方かもしれない、ということも自覚している。
ともあれ、人に許させる際のボーイの図解つきの手順などは、
これをやられたらそうと分かっていても赦免してしまいそうな、
言うなれば、分かってる、やり口で見事だった。
それだけ人間を扱う方法をよく分かっているにも関わらず、
ひとたび春の昂ぶりやその他の興奮にあてられてしまえば、
がうがうわおーんと自分の制御を失ってしまう辺りも、
犬の、というより、ボーイの愛すべき点だったのだろうと思った。

野山を自由に散歩し、主人への土産を忘れず、
テーブル下でごちそうの落下を待ち、
年上の犬たちのリーダーを自負するボーイ。
どこを切り取っても、メイルさんの愛が溢れていた。

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