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2009.08.22 (Sat)

トワイライト・ミュージアム


トワイライト・ミュージアム
(2009/5/8)
初野晴

机の引き出しは使わない。
魔法陣も呪文もいらない。
要るのは手と手。
そして決して離さないという意志。

過去への旅は
そうして始まる。

【More・・・】

法律を制定するとかしないとかで、
脳死が死かどうかという議論を連日耳にした頃、
人の死の定義がそれほど揺らぐこと自体が奇妙に思えた。
生と死ほど厳然とした境界をもつものもないだろうに、とか
それでもそこに揺らぎを求めるのは、
人に情とかいうものがあるせいなんだろう、とか、
そんな風に考えていた。
けれど、脳が死んでもう帰ってこない者に体温があったり、
それだけでなく、触覚の刺激に反応したりするなら。
彼らの死を認めてやることは
確かにひどく困難なことなのかも知れない。

脳死患者の意識だけが別の時代に吹っ飛ぶ、なんてことは
その前に語られる詳細な脳死の理論に比べて、
なんだかやはりどうしても、突飛な印象がある。
でも、そんなことを信じたくなるのも、
人が作り出した死の形の残酷さかもしれない、なんて思った。

死んだように見える人を救うために、
もう死んだ人たちの時代・過去へ飛ぶ。
二人、手を繋いで。
それだけを聞くとロマンチックな気もするけれど、
枇杷の覚悟にはそんなものを差し挟む余地はないように見える。
勇介にとってナナは特別でも、
枇杷にとってはそうではないはずで、
それでも、苦痛も苦悩も全て引き受けて、
彼女は死にかけている者も、死ぬはずの者も救おうとする。
その姿はあまりに痛ましくて、
だからこそ、直接何もできない学芸員たちの痛みも分かる。
代われるならっとくにやってる、という彼らの言葉に
勇介と一緒にはっとした。

それにしても、
弱者を火あぶりにするためのマジックとは…、エグいことを。
仕掛けが単純なだけに、その鍛錬に感心してしまった。
確かに時代が違えば、
魔女狩りの頭領は希代のマジシャンだったのやも。
ということはその逆も成り立つわけで、
そういう時代を招きたくないものだとも思った。

元は短編だったものを加筆修正したらしいですが、
そうとは思えないまとまりだった気がします。
「水の時計」より好きかも。
ただ、ラストをもう少し書いてほしいような気はしましたが。
昔の「命綱」の話や、
トワイライト・ミュージアムのメンバーそれぞれの話、
悲惨な体験をして、目覚めたナナのそれから、などなど。
気になることが、あまたなんですが…。
あんなところで終わりとは、生殺しですよ、初野さん。

シリーズにするのかどうか知りませんが、
一応期待して待ってみることにします。


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