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2015.06.15 (Mon)

暦物語


暦物語
(2013/5/20)
西尾維新

怪異との出会いは、
毎日あることではない。
毎日であってはいけない。

吸血鬼もどきの元人間の高校生の、
怪しくも異様でもない、日常。


【More・・・】

一年は、あっという間に過ぎる。
一日一日を有意義に過ごそうと努力しても、
ぼんやりと目の前のものをこなしていても、
どちらにしろ、年末にはもう一年か、となる気がする。
そんなことを五十回か七十回かその程度繰り返しているうちに、
一生というやつは終わっていくのかもしれない。
阿良々木くんの一年を一緒に振り返ってみると、
多くの怪異に絡まれているうちに自身も怪異に近くなり、
そうしながらガハラさんとの時間を育み、
一方で愛すべき彼女たちを助けたり助けられたりして、
後半は受験勉強と神様退治に精を出して、といった具合で、
バトル展開がなくても常人の体力なら保たないような密度だった。
阿良々木くんの性格ではもちろん出会った一人一人、
共有した時間の一分一秒も適当には思っていないと思うけれど、
悪夢の春休みから始まった一年という時間は、
どれほどの長さに感じられたのかあえて聞いてみたくなった。
ともあれ、これまで様々な語り手が語ってきた物語だけを見ると、
次から次へと事件が降りかかっているような印象だったのが、
その間間にあったらしい日常の一コマを語ってくれたことで、
普通の、人間の高校生らしい時間が彼らにもあることが確認できて、
誰の保護者でもないのに、妙に安心した。
その時間をみなが帰る場所に思ってくれたらいいと思う。

猫やら蛇やら猿やら、鬼やら蝸牛やら、
何かしらの怪異を通して出会った彼女達と阿良々木くんの関係は、
事件が一応の決着をみた後も続き、
妹たちと羽川、神原のような新しい関係も着実に広がってきた。
そのおかげで今回語られたような「不思議」の解決にあたっても、
鬼の力や自分の頭では用をなさない時には、
誰かを頼るということを阿良々木くんは普通にやる。
一方で、八九寺と登下校したりや羽川に叱られたりするような日常が、
かけがえのない時間だということも身にしみて分かっているように見えた。
だからこそ、そういう様子を見ていると、
なぜこの人は自分の窮地に誰かを伴うことにだけ、毎度躊躇するのかと思うし、
たとえ自分の命だけだとしても、命をもって何かを成そうとする姿勢そのものが、
そういう日常を全て粉砕することだということを直視しようとしないのかと、
今回全く文句をつける点のない主人公に難癖をつけて思った。
人は勝手に助かるだけだ、というのは阿良々木くんではなく忍野の言で、
人を助けたいと思ったり、人に助けられることだってあることを、
阿良々木くんはちゃんと分かっているのだと思う。
扇ちゃんに対してそのような発言もしていたような気がする。
けれど、蛇神だの誘拐犯だのと命を懸ける場面の多い最近は、
とみに一人で死地に成り得る場所へ向かおうとしている気がする。
閑話休題的な今回の語りを挟んで、終幕へ向けて、
こんな閑話休題を日常にし続けるために、
阿良々木くんが守るべきを思い直してくれることを願っている。

いつも通りの主人公批判はこれくらいにして、
閑話休題の中身は久しぶりに彼女たちの総出演という感じで、
ああこんな風に話すやつだったなあなどと、
物語内の経過時間的には一年以内なのに妙に懐かしく、
阿良々木くんとの軽快なトークが誰のでも楽しくて仕方なかった。
まだトゲだらけのハリネズミだった頃のガハラさんなど、
今ではすでに存在しない人も同じなので感慨深い。
八九寺に関しても彼女の物語の終わりが見えているだけに、
故人の生前の声を聞いているような悲しみもありつつ、
幽霊が怪異譚を聞き探すという何が何やら感と併せて、
二人が楽しげに喋っているだけで泣き笑いの気持ちだった。
扇ちゃん、影縫さん、臥煙さんとの話を除いた残りのお話は、
全て時系列的にはこれまでの話の間に挟まっていた、
誰かの核心に影響を与えるわけではない小話に過ぎないけれども、
たとえば火憐ちゃんが一人で木を守ろうとしたことや、
月火ちゃんが理解されない正義に悩むこと等々、
その小さなエピソードの中に、何をどう考える人間なのかということが、
よりスッと理解しやすい形で語られていた気がする。
思えば怪異や命に関わる状況というのは極限なので、
どんな判断をしても極論的になってしまいがちで、
それが各人のキャラクターを極端にしていた面もあったのかもしれない。
学校での出来事に悩んだり、家族の思い出を大事にしたり、
そういう場面を別シリーズでも良いからもっと語ってほしいと思った。

流行や都市伝説を広める方法について、
撫子と阿良々木くんが雑談する「こよみウインド」。
詐欺師が中学生相手にどうやって噂を広めたのかを、
二人の会話を聞きながらぼんやり考えてみて、
あのうさんくさい不幸の塊のような男が、
直接中学生に声をかけて噂を吹き込む光景を想像して笑ってしまった。
まさかそんな非効率的でリスキーな方法をとったはずはないけれども、
「くらやみ」なる空隙を見つける術を心得ているとして、
実際誰に、どうやって、「商売」に繋がる噂の種を与えたのか、
教えて欲しいなどと言ったら恐ろしい金額を請求された上に、
本当のところは教えてくれないだろうなあ。
少女姿の幽霊だった蝋花が「商売敵」だったと言うなら、
その辺にヒントがあるのかもしれない。
ただまあ彼女は無自覚だったとはいえすでに怪異の一員で、
おそらく姿形や時間と言った常識的な制約の外にいたのだろうから、
貝木とは全く異なる次元の「商売」をしていた、
というか「趣味」だったと考えるべきか。
でも、中立の立場でバランスを重視する忍野も、
不死の怪異を抹殺することを使命とする影縫さんも、
全てを俯瞰してあっちこっちに手を出す臥煙さんも、
おそらく、貝木が言うところの「くらやみ」のことを知っている。
それをどう捉え、扱うのかを決める何かが、
彼らが時間を共有したどこかの時点にあったのかもしれない。
余弦制作秘話と併せて、それもどこかで語ってくれたら嬉しい。

全十二話のどれよりも、
阿良々木くんが輪切りにされたことよりも、
「ララバイさん」と呼ぶ声が衝撃だった。

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