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2015.06.23 (Tue)

黄昏の旗 箱庭旅団


黄昏の旗 箱庭旅団
(2013/10/12)
朱川湊人

旅行者がそこにいなくても、
狐は人を化かし、
ヒーローは悪に立ち向かい、
人は次元を踏み越える。

世界はドラマで溢れている。


【More・・・】

旅する者をそうと定義づけるのは、
目的地の有無やその道程で何をするかではない。
おそらくそれは帰る場所の有無。
帰る意思がなかったり、道中で命を落としたとしても、
出発した場所があり、置いてきた物や人がいるなら、
旅人が立っている場所はどこまで行っても、
それこそ時間どころか次元を越えた場所であっても、
旅の道程にあると言えるだろうと思う。
白馬と少年のコンビと絶対真理に至った少女は、
あらゆるくびきを無視して世界の間を旅している。
明確な目的も持たず気ままに留まり流れる道程を旅にし、
彼ら自身を「旅行者」にしているのは、
少年が最初に白馬にまたがった次元にいる母親であり、
いなくなった姉を待つ弟の存在なのかもしれない。
知りたいこと、見たいことを膨大に持つ二人だから、
出発からどれだけ遠くへ行けば折り返しなのかも分からないけれど、
時間も無意味なその道程はどこかの時点で、
始まりの場所を通過することも充分に考えられる。
少年が母親を、少女が弟をまだ心に留めていて安心した。

前作に続いて少年と白馬が旅する世界の断片が15篇。
白馬と一緒にいることで時空を越えた移動もできるし、
外見も比較的自由に変えられるようだけれど、
「不思議な少年」のような神にも等しい力はないので、
少年がやっていることは本当に旅行というか、
年齢に相応しく言えば、課外学習のようなものなのだと思う。
前述の二つの力というか性質だけでも、
やろうと思えば世界の一つや二つ自由にできるだろうに、
世界に積極的に関与しようという意図はほぼなく、
精々参加した方がより物事がよく見えるという場合にだけ、
少年は「シンちゃん」や「翔」になるんでしょう。
翔として一人の青年と友情を育んだときに限っては、
積極的に世界を変えようとしているという見方もできるけれど、
マギーの旅の終わりを見届けたときのように、
青年が罪を犯さない世界線に、参加しただけのような気がした。
大罪を犯した青年は別の世界線に変わらずいるのだとしたら、
少年がしたかったことはあの世界と青年を救うことではなく、
人一人がその両方を救い得るという可能性を見ることだったのだと思う。
それがあらゆる世界を見て回る少年の基本的な目的だとしても、
青年と長く一緒にいたのはその外側だと思いたい。
そうでなければ友を見送る青年の思いが虚しすぎる。

地球が見た夢が一頭の象の形をしていたり、
人と街を悼んで涙する竜が音楽に救われたり、
そういう温かな、人と世界の営みのドラマが、
どんな世界観の下でもそこここで起きていることを見ると、
「世界は優しい」が絶対真理のような気がしてしまうけれど、
「黄昏の旗」のような悪意もまた世界の一面なのだろうと思う。
いや、悪意という言い方は正確ではないかもしれない。
人間を飲み込む構造を持っていても、人のような意思はなく、
いわば台風のような自然現象に近い存在に見えた。
そういうふいに人を飲み込んでしまうような暗い穴が、
多分世界のあちこちにぽっかりと空いていて、
たまたま出会った人間に注意を喚起することくらいが、
少年のような旅行者にとっても限界なんでしょう。
もう会えない人に会いたいと思う気持ちがある限り、
オレンジ色の旗に気づく人間がいなくなることがない。
そこまで、つまり穴があり人が落ちるところまでを含んで、
世界はそれで綻びなく、通常運転であるなら、
落ちてしまわないために人間にできることはほとんどない。
でもそれは、隅々まで優しい理で出来ていると言われるより、
そうかと腑に落ちる世界の在り様だと思う。
ただ黄昏の電車で町並みに目を凝らすことはやめよう。

「市長選怪文書」で投書をした人間の書くところを信じるなら、
市長候補が狐の化け物だという線は、
なくはないかもかなあという気がするけれど、
それほど狡猾で、人間というものを理解しているのなら、
意外と人間の市長にはできないことを実行してくれるかもなどと思った。
まあNHKさんでやってるLIFEの宇宙人総理のコント的な、
狐優位の政策を強硬に打ち出してくる可能性もあるか。
でも投書者が文章に込めている熱の性質は、
化け物を権力の座につかせてなるものか、というよりは、
あの男を市長などにさせてたまるか、という感じに見えて、
投書は単なる候補への嫌がらせの類いのような気がしてしまった。
投書者があれは狐の化け物だと言う論拠は、
山で逃げ出す時にそのような影を見たという一点だけで、
それ以外の点は候補者の説明する所で納得できてしまう。
それこそ狐の思惑のうちなのかもしれないけれど、
そんな風にしか書けなかった時点で、
どちらにしろ投書者の意図が功を奏することは多分ない。
本当に化けの皮を剥ぎたいのなら、
鍛冶屋の婆を退治した旅の僧のようなことくらいはすべきだった。
ヒーロー業のおじさんの管轄内だったら良かったのに。

残念ながら象を見たことがない。
本当に敵わないのかどうか、
機会があれば上野にでも行ってこようと思う。

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