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2015.07.07 (Tue)

ヒトリシズカ


ヒトリシズカ
(2012/4/12)
誉田哲也

名前や過去は打ち捨て、
血に濡れた手は綺麗に拭い、
少女は闇から闇へと渡る。

彼女がたどり着いたのは、
目指した場所だったのだろうか。


【More・・・】

肉体的にであれ、精神面であれ、
人を助けることができることには、
それだけで大きな価値があると思うけれど、
生きていく上でおそらくそれと同じくらい、
人に助けられる能力というのも、
欠いてはいけないものなのだろうと思う。
別に助けてもらうために媚びを売るとかいう話ではない。
殊更そうしなくても助けが要る人間を見れば、
手を差し伸べる人間が一人二人いるくらいには、
世の中は捨てたものじゃないはずだと思う。
でも、その手に気づき、こちらから手を出せなければ、
本当に必要な助けを得ることはできない。
名前を変え、人との出会いをうち捨て、
温かいものを望みながら暗い方へ向かった静加には、
そうやって手を伸ばす力がなかったのだと思う。
それさえあれば、彼女が歩みを止める機会は幾度もあった。
けれど、人を信じるその力が育つ隙が全くないほどに、
幼い彼女の心をめった刺しにしたのが何だったのかを思うと、
彼女の罪は彼女一人のものではないという気もしてしまう。
助けて、と一度でも言えたなら何が変わったのか。
終着点を思うと、考えずにはいられない。

事件の中に、チラリと姿を見せながら捉えることができない女と、
家出した警察官の娘が同一人物なのは明かなのに、
実直を絵に描いたような父親の姿を思うと、
二人を同じ人物として重ねることが難しく、
梢やアキでさえ、別の人間のような気さえしてしまい、
事件の狭間で一時邂逅した何人かの男達が感じているように、
中盤までは静加という女を得体の知れない化け物のように恐ろしく思った。
けれども、最終章の後、時系列に沿って彼女の軌跡を整理すると、
伊東静加あるいは岩倉静加の行動原理は、
断片だけを見たときの印象よりもずっと単純で、
ちゃんと統一されたものだったのではないかと思った。
人に迷惑をかけ、時には暴力を用いる人間に対して、
静加の態度は人間に向かう時のそれではない。
虫を殺すよりも低温の殺意で、彼女は直接・間接的に何人も殺した。
それを人間を人間とも思わない、という風に捉えれば、
確かに彼女には人間らしい感情がなかったことになる。
ただ静加の中の「人間」に該当する条件というものがあり、
それを彼らが備えていなかったのだ考えれば、
ゴミを片付けるようなあの態度も納得できてしまった。
「ゴミ」である彼らのような人間に人間扱いされなかった過去が、
その殺意を育てたのだと仮定すれば彼女の尺度は明確だけれど、
「変かな」と言う彼女の内面を思うと暗澹たる気持ちになった。

弱い者を食い物にする人間に対する静加の憎悪は、
過去の経験を考えれば当然のものだと思うけれど、
一方でのそういう人間の抑止力たる権力組織に対しても、
同様の不信と侮蔑を覚えているのはどういうことなのか。
一番助けて欲しいときに助けてくれなかったことが、
その核になっているのであれば、
憎悪の対象はむしろ「母」に向きそうなものなのに、
おそらく静加は母や家庭というものを忌避してはいなかった。
「ママ」と自分にひどいことをしたという理由で男の死を願うことは、
子どもの感覚としてまだ普通の域にあるような気がする。
もしもあのナイフが永遠に見つからず、
南原義男のことを知るきっかけがなかったならば、
静加は内側に異様な「人間」への感覚を持ちつつも、
伊東さんを父とするあの家庭で穏やかに育ったのではないかと思う。
もちろんだとしてもその均衡はとても不安定なもので、
別のきっかけが彼女のため込んだ火種を熾した可能性も大きい。
意地の悪い見方をすれば、伊東さんと母親が作った温かな家庭こそが、
過去と現在のギャップが、警察不信の種になったのかもしれない。
娘の葬式を二度出すことになった両親は、
彼女のいない時間、なぜや何がを数え切れないほど繰り返したと思う。
答える者を失った問いを抱え続ける苦しさはどれほどだろう。

静加が関わった事件の中にも、
外側から見ると彼女にとって「人間」だったであろう者はいる。
バイト先の同僚由美やその彼氏などは、
傷つけられなければいけない理由はなかったし、
その気になれば静加が助けることもできたと思う。
でも彼女が助けたのは澪一人であり、最後には唯だった。
それ以外の他人は明かな憎悪の対象にはならなくても、
助けるべき者としてて見ることはなかった。
その点が静加をより非人間的に見せているけれど、
それは単に、暴力を日用品のように使う人間を憎悪しながらも、
彼女が決して弱く、故なく傷つけられる者の味方ではなかったという、
ただそれだけのことである気がした。
多分静加は人は一人で、一人の力で生きるしかないし、
その上で何かを守ったり抱えたりしたいなら自分を賭けるべきだと、
そんな風に思っていたのではないかと思う。
だから抱えきれないものは助けないし、
守りきれないものを抱えようとして倒れる人間の弱さを侮蔑する。
本当に彼女の人生は徹頭徹尾他者の助けをあてにしていない。
にも関わらず、澪のまともな幸せを願う心は生きていて、
その究極形があの最期だったのだろうと思う。
結局澪は静加が望んだ形の家庭を作ることはできなかったけれど、
あのまま南原邸に残されるよりははるかにマシな人生を得た。
唯は静加や澪よりもずっと幸福な一生を過ごせたらと思う。

「伊東静加」を死んだことにするために、
おそらくは静加によって打ち捨てられた彼女が一体誰だったのか、
誰でも良いから辿り着いてやってほしい。

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