2017年06月 / 05月≪ 123456789101112131415161718192021222324252627282930≫07月

2015.07.20 (Mon)

ニッポンの狩猟期2008


ニッポンの狩猟期2008
(1997/5)
盛田隆二

子どもが子どもであれるような、
そんな社会を保てないなら、
大人が大人ぶることは許されない。

ニッポンの新宿、2008年。
もはや大人は絶滅したのか。

【More・・・】

刑法の14歳、民法の20歳、選挙権の18歳、
婚姻を基準にするなら16歳と18歳。
子どもと大人を分ける年齢の線引きは、
とりあえずこの国ではそういうことになっている。
その線の位置は時代や国を違えば大きくずれるし、
年齢は必ずしも絶対的な基準にならないけれども、
少なくとも、まだ7、8年ほどしか生きていない人間を、
20、30それ以上の年齢の者と全く同じように、
労働力や性の相手としてみなすような状況が、
幼い者たちにとって理想的なものだとは思わない。
2008年の新宿はドラッグに性市場の氾濫、暴力に不衛生と、
日本の光景とは思えない荒廃ぶりで、
10歳にも満たない子どもが死んでいく様は辛いものがあったし、
子どもから搾取し、挙げ句無造作に殺す者達への憎悪と、
なぜこんな現状を容認できるのかという疑問が、
どの場面でも際限なく湧いて仕方なかった。
こんな社会はあってはいけないものだろうと思う。
でも、この新宿は、現実に生きているある子どもたちにとっては、
もしかしたら真実に近いものなのかもしれない。
遠い異国の子どもではなくても、今のこの国でも。
搾取する大人がどんな顔をしているのか目を凝らした。

ストリート・チルドレン」を未読のまま読んでしまったものの、
なぜ日本がこんな状態になっているかを横に置けば、
本作だけでも問題なく読めた、と思う。
あとがきで言及される「十歳の少年」というのが、
ジョアンのことなのかカズの間違いなのか、
年齢をあまり拾わずにいたのでよく分からなくなってしまったけれど、
少なくともカズは両親や家族のことに全く言及しないので、
この時代のこの日本に数多いる子どもたちの中のただの一人として、
少年が放浪し、稼ぐことを覚えていく過程を追った。
なぜか恐れられているらしい孤児院の出身という他は、
カズを街の中で目立たせるものは全くなく、
それほどに街には街角で寝泊まりする子どもがあふていて、
食べ物の探し方や寝床の確保、お金の稼ぎ方を覚えるにつれて、
ますますカズは街の汚れた雑踏の中に埋もれていく気がした。
物語としても、カズよりむしろリョウという青年と、
彼が作るグループのメンバーそれぞれのひと夏を語ることが中心で、
リーたちがドラッグや性の暴力ですり減っていく様を見ているうちに、
あれ、カズはどこへ行ったんだと何度か思った。
あちらの子ども、こちらの子どもとさ迷っていたカメラが、
最後にもう一度カズを見つけてくれて良かった。

新宿付近を根城とする子どもたちには、
全く安息の場所というものがなく、
一応のねぐらでさえいつ焼かれたりするか分からない。
警察は浮浪する子どもを排除対象としか見ず、
新宿浄化団なる暴力的な支配組織が幅をきかせ、
どんな小さくても彼らで性の対象とする大人が数多いる。
終盤にかけて法案がどうのという話が聞こえてくるあたり、
まだ日本の政府はなんとか生きているようだけれど、
首都の中心部をこんな状態のままにしておいている時点で、
国自体がほとんど虫の息なのではないかと思う。
あるいはこの世界ではそもそも日本という国は、
先進国入りもせず、経済発展もなく、第九条なんかも作られず、
つまり戦争とそこからの回復を経ないままなのかもしれない。
街の現状はそういう仮定で見れば、
まあ納得できるような気もするけれど、
それにしてもまだ初潮さえきていなさそうな年齢の子どもを、
性の対象として買う人間の多さは一体何なのだろう。
売る子どもがいて、しかもその子が保護されていないとなった途端、
欲望はこれほど激しく容赦なく弱い者に向くのかと思うと、
人間の性が際限なくおぞましいもののような気がした。
ナーキが男を殺さなかったことが奇跡なのではないかと思った。

路上で生活する子どもをどうにかしたいと思うエノリアのような人間も、
おそらくこんな状態の国にもいることはいるんだろうと思う。
結果的に子どもを含めて多数の死者を出したデモにしても、
現状に対する問題意識が社会の中にあるからこそのものでしょう。
でもエノリアが何度繰り返し手を差し出しても、
子どもたちの誰も彼女の手を取ろうとしないことや、
傍から見ていてもエノリアの助けが助けになっていないことが、
路上に暮らす子どもと安全地帯にいる大人の間にある、
世界観の違いを如実に示している気がした。
物心つく以前から大人の暴力にされされ、搾取され続けた人間が、
大人に対して、またそういう構造のまま運行される社会に対して、
一体何を思い、どういう感覚を胸のうちに育てているのか、
本当のところはいくら春香の目線で街を映しても、
そんな風には育ってこなかった人間には想像することしかできない。
でも、社会の中で喘ぐ子どもがいて、
自分が属する大人という集団の一部が彼らを虐げている時、
子どもと自分の間に大きな隔たりがあることを分かっていてなお、
闇雲に手を差したくなってしまう気持ちならば、
この安穏とした日本に住んでいても想像できるかもしれない。
自分が伸ばした手を取らなかったリョウの死を、
彼女はどんな思いで見送っただろう。

子どもに性の自由を与える前に、
本物の子どもを食い物にする人間から、
自由を奪うべきだろうと思う。

スポンサーサイト

テーマ : 読書感想 - ジャンル : 本・雑誌


21:46  |  ま行その他  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

コメントを投稿する


 管理者だけに表示  (非公開コメント投稿可能)

▲PageTop

Trackback

この記事のトラックバックURL

→http://acon6960.blog40.fc2.com/tb.php/625-68d722a1

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック

▲PageTop

 | BLOGTOP |