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2015.07.22 (Wed)

炎路を行く者 守り人作品集


炎路を行く者 守り人作品集
(2012/1/14)
上橋菜穂子

行くべき道を見失い、
留まることにさえも喘いで、
叫び出す胸を抱えたまま、
十五の君は立ち尽くす。

それでも、生きよう。生き延びよう。
両の手の本当の大きさを知る、
その時まで。


【More・・・】

将来の夢はと尋ねられたとき口にした答えは、
本当になりたいと思っていたものではなかった。
なれたらいいなくらいには思っていたけれど、
私はそれで生きていくのだなんて確信があったわけではない。
そんな漠然とした憧れのようなものではなく、
この先どんな風に自分が生きていくのかを、
幼いうちからはっきりと思い描いて育ってきた子どもにとって、
それは夢などではなく、確かな将来で、
だからこそその喪失はただの夢などよりも、
はるかに大きな痛手になるのだろうと思う。
別の生きる道を見つけるにも相応の時間と、
自ら生まれ直すような痛みを受け入れる覚悟がいる。
虐殺から生き残り、幸運な出会いに恵まれながらも、
武人として、国を守る白く輝く者である自分を捨てきれず、
苦しい息をしながら暴力に身をやつしていくヒュウゴの姿は、
理不尽に道を断ち切られたバルサやチャグムに似ていて、
バルサにとってのジグロ、チャグムにとってのバルサのような、
誰かの温かな手が早くこの少年の手を引いてくれるよう、
読み進めながらそればかりを待ち望んでいた。
穏やかな下町の暮らしではなく政争の最中の生活を選んだ男は、
自らの手を引いて望むものを見られただろうか。

志どころか命さえ失いかけているチャグムと旅をしていた時は、
ヒュウゴという謎の男が何を見ているのかということに、
気を割いている余裕がなくてあまり考えなかったけれど、
こうして少年時代の彼がどうやって鷹になったのかを追いかけてみて、
蒼路の旅人」でチャグムと向き合っていたとき、
若く力をもたない皇子に男が何を見ていたのかが改めて見えた気がした。
ヒュウゴにとってチャグムはあの時見上げた宮の中の人間で、
それがあんな無力なただの人間であることを、
傷つき街をさ迷っていた時のヒュウゴが知ったなら、
少年は国や人というものをその時点で見限ってしまっただろうと思う。
でも、鷹としていくつもの椀の形や大きさを知ったヒュウゴには、
どれだけ泥や血にまみれても失われないチャグムの芯の確かさは、
リュアンに語った自分が尽くすべき「国」や「民」の象徴として、
輝きをまとって見えたのではないかと思う。
それが見えるようになるほどに、
あの下町で荒れていた少年は経験を重ね、
その中でもヒュウゴは自分への忠誠を失わなかった。
かつてバルサに連れられて逃げることしかできなかった少年に、
あの時ヒュウゴがどれほど大きなものを賭けてくれたのかを考えると、
やがて血煙の中を馬で進むことになる皇子を、一層誇らしく思った。

下町に暮らす人々に助けられ、多くのものを得ながら、
それでもヒュウゴは本当のところで彼らと分かり合うことはできなかった。
ヒュウゴにとってはリュアンやシガンが見ているものは、
自分を費やすべき世界と同じものには見えなかったし、
一方でずっと手と目の届く範囲で生活してきた人々にとっては、
十二分にここで生きる力を身につけながら、
遠くばかりに目をやって心を塞いで行くヒュウゴの姿は、
とてももどかしいものだったのだろうと思う。
同じように武人の家に生まれ育ちながら、
逃亡者として野に放り出されたバルサは、
武人の姿を失わないジグロを身近に見ていたにも関わらず、
チャグムの件に巻き込まれるまでは、
国の趨勢には全く関わりのない暮らしをしていたわけで、
二人のその違いはどの辺りにあるのだろうと考えた。
まあ細かくは年齢、性別、追っ手の種類など色々あるけれど、
でも思えばバルサもジグロを失ってチャグムと出会うまでは、
年齢に見合った分別を身につけつつも、
いつふいに命を落とすか分からないような生活をしていたわけで、
その点では下町でカシラを張っていた頃のヒュウゴと近いか。
誰かを守るために本当に命を使ったりするなんてことは、
そんな暮らしをしていた頃の二人にはなかった選択肢だったと思う。
やがてヒュウゴは国を俯瞰する形で、バルサは一人の少年を守ることで、
自分を生かす道を知った、というだけのことなのかもしれない。
胸の中に帰る家をもつ二人の相似と差異が悲しく愛しい。

用心棒として生きるのに必要な技術の基本を覚え、
一人で仕事をすることもでてきた十五のバルサが、
日常の場面でも、戦闘の場面においても、
自分の未熟さを痛感しながら必死に強がり、涙を飲む様は、
命の懸け具合は違えど同じ年頃に覚えのあるもので、
その頃を思い出として感じられる所まできた今から見れば、
バルサの歯ぎしりもなんとも十五歳らしく、可愛らしく思ってしまった。
王の槍が追いついてくれば友を殺さねばならない運命は、
確かにジグロに大きな影を落としていただろうし、
以前の小話の7、8歳の頃よりもバルサはそれを重く感じていただろうけれど、
それでも、この頃のジグロはバルサの悩みと成長の両方を、
誇りに思って愛おしんでいたのではないかと思う。
軽率さから本当に死にかけるような目にも遭うけれども、
なんとか一人で切り抜ける術を身につけ、
他人に対する気遣いもでき、帰りたいと思える場所もある。
ほんの幼子を連れて途方に暮れていた所から、
武人の男手一人で本当によく育てたと思う。
数多の命と国を背負う十七歳のチャグムを見送る時、
バルサは自分の言葉の少なさと拙さを不安に思ったようだけれど、
手の温もり一つででも、あなたを誇りに思うということを伝えられたなら、
バトンはきっと渡る。そしてそれはちゃんと伝わったと思う。
あのさっぱりとした別れの場面の裏側を垣間見て、涙した。

もう一つの世界の世界に強く惹かれながら、
それでもこちら側に留まっていた彼女が、
チャグムが作る新しい国にも生きていると信じたい。

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22:06  |  上橋菜穂子  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

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