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2015.07.26 (Sun)

ディオニュソスの蛹


ディオニュソスの蛹
(2014/2/28)
小島てるみ

自分が本当は何を望む人間なのか、
知ることは恐ろしい。
胸の底から現れるのは、
おぞましい化け物かもしれない。

それでも、偽りを続けることはできない。
涌き上がる熱に気がついてしまったから。


【More・・・】

自分自身の傷と向き合うことは、
それが核に近い場所にあればあるほど難しい。
引き攣れた跡の上に自分を作ってしまえば、
土台の部分にどんな傷があったのかを知るためには、
その上にあるものを全て引きはがさねばならない。
それはとても大きな苦痛を伴う行為で、
傷などないと目を逸らしてしまう方がよほど楽だから、
実際そうして忘れてしまうこともあるだろうと思う。
レオン、アルカンジェロ、アントニオ、スールはみな、
ごく幼い時に負った傷を抱えたまま、
その上に自分というものを作り上げて大人になった。
長く傷から目をそらしてきた者もいれば、
向き合うこと自体を人生とした者もいるし、
それぞれの苦しさや痛みは全く異なるものだろうけれど、
デ・セロ家に連なる男たちに共通するのは、
自分一人で世界に立っているかのような感覚だったのだと思う。
家族がいても、仕事への情熱があっても、
その寂しさは埋めることができなかった。
だからこそ自分を壊し、傷を露わにして変わろうとした。
その勇気もまた男たちが共通して持っているものに見えた。
血は繋がらなくても、君たちはちゃんと一族だ。

父親が違う上に離れて育ったにも関わらず、
レオンとアルカンジェロの兄弟の間には、
まるで運命の恋人に再会したかのような熱が常にあって、
もちろんそれには弟の胸に宿った母の影響があるのだけれど、
それにしても君たちは二世を誓った二人なのか、と思うほど、
兄は弟に、弟は兄に魂を掴まれているように見えた。
アートセラピーを通してそれぞれが持つ傷と向き合い、
偽りの自分の下にあるものを引き出すことで、
レオンは母に拒絶された時に、アルカンジェロは母が死んだ時に、
失ってしまった、世界とつながっているという感覚を、
二人が少しずつ取り戻していく様子は、
兄弟がもう一度産まれ直そうとしているかのようで、
痛々しくも神聖な場面に立ち会っているような気持ちになった。
絵の上の物語を通して互いの芯に触れることで、
しなやかな純粋さをもつ弟は兄の指針として、
猛る獣を内に飼いならす兄は弟の憧れとして、
世界とつながるための窓になったのだと思う。
弟が予定通りイタリアへ帰ると言い出したことで、
レオンに残っていた最後の仮面の欠片が引きはがされた時、
兄弟のセラピーは本当の意味で完了したんでしょう。
熱をこめて弟の名を呼ぶ兄の声に妬けた。

二人で一人のように育ち互いを愛した双子の物語は、
七竈と雪風の物語を想起させて、
姉弟が絵に熱をこめればこめるほど、
その時間が二人にとって幸福であればあるほど、
終わりが訪れた時何が起こるのかが恐ろしくて、
二人がすでに故人であることも忘れて、
時間が止まってしまえばいいのにと何度も思った。
けれども無残にもミモザは取り残された。
半身を失い、同時に絵の世界も失って、
心を凍らせてしまった彼女の様子に、
内側に空いた穴の大きさをまざまざと見せつけらる気がした。
結果的に二人の息子に傷を残すことになった振る舞いに関しても、
許されるようなものではなかったとしても、
避けることはできなかったのではないかと思ってしまう。
でも、こんな結末が訪れることになっても、
姉も弟も禁忌を犯すべきではなかったとは考えていない気がする。
心に蓋をし、本当の望みに必死に耳を塞ぐより、
愛する者にそう告げられることの方を二人は選んだんだと思う。
心を律し、互いの人生全体の幸福を考えた二人と並べて、
どちらが正しいということも多分ないんでしょう。
少なくとも双子が今を生きる兄弟を応援していることは間違いない。
できるだけ長く、できるなら最期まで悲劇が訪れなければいいと思う。

決して返ってくることはないと知りながら、
ミモザとレオンに愛を捧げ続けたアントニオと、
そんな兄の姿を見ながら他人の傷を癒やしたいと願ったスール。
自分自身ではなく他者のために何かしたいと望んだ二人もまた、
その境遇ゆえに抱えていた寂しさを埋めるために、
必死に世界とのつながりを探していたんだろうと思う。
弟はアンジェロの亡霊に出会ったことで、
自分が何を望んでいたのかを知り、
兄には間に合わなくても、二人の甥は助けることができたけれど、
愛した人に去られ、息子砕けた心を癒やすこともできず、
もう一人の子どもに会うことも叶わないままに、
ふいにこの世を去らなければいけなかったアントニオは、
死の淵でどれほどの寂しさを抱えていたのかと思うと、
レオンが箱の底に見た小さな子ども姿が悲しくてならない。
あの双子のようにもう少しこの世に留まって、
二人の息子が変わっていく様を見ていて欲しい気もする。
でももしかしたら双子のような後悔と思い残しが、
アントニオにはなかったからこそ、
誰も死んだ彼の姿を見ないのかもしれない。
もしそうなら彼の人生には何の不足もなかったんだろうと思う。

幸いを祈ってくれる人がいることで、
沢山の子どもが救われただろうと思う。
兄弟がルチアと交流を続けていることがとても嬉しい。

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