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2009.08.29 (Sat)

檸檬


檸檬
(1977/12)
梶井基次郎

分からないけれど、
知っている。
見たことも聞いたこともないけれど、
感じられる。

そういうものの存在が嬉しい。

【More・・・】

高校の教科書に載っていた「檸檬」
「山月記」と同じくらい驚きました。
課題としての感想文に「共感」を書いて発表すると
クラスメイトからえらく怪訝な顔をされましたが。
「つまりはこの重さなんだな」
この一文が頭の中にリフレインして
「レモンイエロウの絵具をチューブから
 搾り出して固めたようなあの単純な色」
が手のひらの中にある様を思い浮かべ、
その冷たさなんかを想像して
一人でにやにやしたものです。

とはいえ、
「檸檬」以外の作品は今回初めて読みました。
19の短編を読んで感じたのは、
「共感」が生まれるのは、
「共通点」があるからじゃ、必ずしもないんだなといこと。
肺病も、妻との生活も、体より濃い影も、
描かれるもの、その多くの存在自体が、遠い。
過去の体験のなかにはないし、
今においても未来でも、出逢わない気がする事柄。
でも、ああ、と思ってしまう。
情景や感情が具体的に重ならなくても、
何か色味や感触のようなものを知っている気がする。
そういうものの方がむしろ経験的なはずなのに、
なんだろう、この身に覚えのある感じ。

「檸檬」での共感は、思えば単純だった。
憂鬱を蹴散らしてくれる、何気ないものの出現。
ふいの高揚、妄想といたずら心。
そういうものは経験の中にある。
だから、檸檬にそれを見たことはなくても、
経験の中を検索するようにして、共感を覚えたのだと思う。
檸檬の重さも、色も知っているから、
よりその感覚は確かなものになる。
共感はそういうものだと思っていたのに。

でも、短篇集全体として、
どれのどことは分からないけれど、
確かに共感のようなものを抱いた。
31才で亡くなった著者の何かが、
今の自分と共通しているような感覚。
それがなんだか嬉しいと思った。
「闇の絵巻」における闇の中の灯のように
見通せない隔たりの向こうに繋がりを見たような。

こういうことがあるから、
本からは離れられないだろう、とか
そんなことを思った「檸檬」でした。

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テーマ : 読書感想 - ジャンル : 本・雑誌


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