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2016.02.18 (Thu)

狛犬ジョンの軌跡


狛犬ジョンの軌跡
(2015/7/9)
垣根涼介

愛したものを置き去りにしながら、
愛しきれないのに見捨てられない。
人の心は不可解で、面倒で、生臭い。

犬の身体に年経た魂を載せ、
そんな世間をジョンが行く。


【More・・・】

礼拝はおろか初詣もろくにいかないような人間でも、
祈りと無縁というわけではない。
自分の力の及ばない場所で決まる何事かに、
そうと知りながら意思を届けたいと思うとき、人は祈る。
その祈りを捧げる相手が明確であるかどうかは、
祈りの本質とは無縁だろうと考えるのは、
それこそ不信心者の傲慢かもしれないけれど、
まあ神様的な方はそんな細かいことは気にしないさと、
日本育ちの頭ではついつい思ってしまう。
でもその適当な祈りを浴びせかけられ続けたただの石像が、
やがて感情や意思を獲得して動き出し、
ジョンのように戸惑いの中で人間世界に放り出されるなら、
なんだか悪いことをしてしまったなあという気がする。
神社の入り口に鎮座しているだけでは体験できないことを、
動き出してからのジョンを沢山見聞きし、
人間という生き物により近づくこともできたけれど、
それは狛犬として形作られた石の本意ではなかった気がする。
石には意思はなく望みもないだろうから、
わずかでも感情が宿り始めた時点で、
こうなることはかの石像の宿命だったということなのか。
叡智をもった赤ん坊のようなジョンの道行きが気になって仕方ない。

自分が獲得した仕事や人間関係、家に満足しながらも、
本当にこれで良いのかと自問を続ける太刀川は、
未完成だったり偏ったりしている部分もあれど、
ジョンが感じている通り、確かに「良い人間」なのだと思う。
それも殊更良い人間であろうとしているわけではないにも関わらず、
ただその時々の心に従って行動しているだけで善性を発揮するほどに。
夜中に車で接触してしまっただけの不審な大型犬を、
自宅に引き取って面倒を見ようなどという人間は、
いくら状況が許すとしても多分そう多くない。
故郷に置いてきた両親や少年時代の思い出のせいか、
本人は自分の性質をあまり良いものとは思っていないようだけれど、
人間の心の断片が寄り集まって出来たような犬が、
わずかな時間を共有しただけで善と断じているのだから、
もう少し自信を持っても良いのではないかと思ってから、
ジョンの述懐は聞こえていないのだったと思い出した。
それでも同じ四つ足に忌み嫌われ、愛想の一つもなかった犬が、
自分のために他の犬に躍りかかっていく様は、
太刀川にその心の声を少しは伝えたのではないかと思う。
だからめげずにまた思いを告げればいい。
愛する女にはおそらくちゃんと伝わっている。

太刀川から見ると自立し、覚悟を持つ女である麻子。
実際堅実に、誠実に働いて生きている姿は、
凛として軽やかで大変に好ましいものではあるけれど、
彼女が自分自身に対して抱いている感触は、
多分太刀川の印象とはかなり異なるのだろうなと、
時々現れる彼女の生っぽい部分を見ていて思った。
太刀川が故郷に蔓延していた空気から逃げ出したように、
麻子にも背を向けた何かがあるのかもしれないし、
あるいはそんなものはなくとも一人で立ち生きていくことが、
彼女が描いた自分のあるべき姿、夢そのものなのかもしれない。
心に従って決断するのはいいとしても、
…そう思う、なぜかは分からないが。という程度の感想だけで、
なぜの部分を放置する傾向にある太刀川に比べると、
パートナーの衝動的なプロポーズや細かな決定に対して、
気持ちを大事にしながらも、なぜそう思うのかということを、
常に意識しているような雰囲気のある麻子だから、
どちらかと言うと後者だったら良いなあと思うけれど、
だからこそそれでも整理しきれない感情や自分の狡さを、
持て余しているのかも、と考えると更に麻子が可愛い気がしてくる。
太刀川が麻子のそういう部分に気づいて、
自分の衝動だけではなく彼女の準備を待てるようになったなら、
二人はその時初めて対等に番になれるかもしれない。
いい大人の恋模様に余計なお世話の感想ばかり抱いてしまった。

狛犬の石像からジョンが生身の犬になったきっかけは、
相棒が無残に蹂躙される光景だったけれど、
その時の状況を想像するにその時犬の形に結晶化したのは、
狛犬と唐獅子の両方だったのかもしれないなあと思う。
長年人間を見続けてきた二体のうちの一体に魂が宿ったのではなく、
片方、というか自分の一部が破壊されたことで、
怒りを発火点に、残った部分で逃げ出したという理屈の方が、
ジョンがあんな見た目である理屈に合っている気がする。
相棒を汚されたこえへの義憤ではなく、自分自身の復讐のために、
使命を放棄し人を何人も噛み殺し、そして戻らなかったのだとしたら、
ジョンが神社の境内に入ることを頑なに拒否したのも頷ける。
人の行いをどこまで広い心で見守る神様であろうとも、
自分の従者たる者の行いには厳しいのかもしれない。
けれどまあ逃げ出したきり、さらに広い世界へ向かったジョンが、
今のところお咎めなしで澄んでいるということは、
かの御心は生を得た者にどこまでも寛容ということなのか。
八幡様の狛犬ということは全国どこでも上司の目はあるだろうけれど、
精々修行として広くて不可解な人間世界を見て回ればいいと思う。
その時がくれば、多分優しい神が迎えに来てくれる。

しかしマスティフとレオンベルガーの相の子のような犬なら、
さぞ奥羽山脈に集う犬たちの戦力になるだろうなあ。
狛犬様を熊狩りに動員するなんて罰当たりか。

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