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2016.03.15 (Tue)

銃とチョコレート


銃とチョコレート
(2013/10/8)
乙一

光を浴びて煌めくヒーローにも、
泥にまみれた靴で踏みしめる影がある。
薄汚れた街角の少年にも、
月のように輝く瞬間が訪れる。

甘く軽ろやかに、重く冷ややかに。
世界は回る、かろかろと。


【More・・・】

不幸な人が幸せになる道は必ずあるし、
どんな悪人も善の心をもっているし、最後には必ず正義が勝つ。
そういうことを全くの議論なしに、
そういうもの、だと感じていたのは、
言い換えればヒーローの存在を信じていたのは、
一体いつまでだったろうかと考えたとき、
あの頃までだとはっきり言えないだけ、
自分は幸せな子供だったのだろうと思う。
それはある日突然圧倒的な悪に直面することなく、
受け入れるのに十分な時間的な余裕をもって、
私のヒーローはただの人になっていったということだから。
いっそ一息に死んだ方が良いという向きもあるかもしれないけれど、
その死に様を忘れるくらいゆっくりと見送った方が、
次の子供にヒーローを示すのに躊躇しないで済むような気がする。
「名探偵ロイズ」としてヒーローを演じていた青年は、
自分のまとった虚像の薄っぺらさを笑いながら、
一方でまだ自分のヒーローを探しているように見えて、
彼の最初のヒーローはどんな風に死んだのか、知りたくなった。

国中の子供達のヒーローである名探偵ロイズ。
リンツにとっては自分を騙して陥れ、
挙げ句母親とともに命まで危険にさらした人間なのだから、
クズ野郎呼ばわりも仕方ないと思う。
でもその気持ち良いくらいの浅はかさ、俗物さ、転落っぷり、
そしてそれでも揺るがない愛嬌や軽やかさも全部含めると、
何か憎みきれない人間のようにも見えてきて、
最終的にリンツの母親と再婚したりするのではと思ったりした。
権力の下働きとして演じていたヒーロー像は、
確かに何の実体もないものだったわけだけれど、
その時代の子供に共通のヒーロー像を与えたというだけでも、
ロイズのは善なる役割を果たしたのではないかと思う。
まあそんなものは美しいろくでなしドゥバイヨルなどからしたら、
大バカ野郎どもが見る百害しかない夢、でしょう。
踏みしめる地面さえ睨み付けて生きているような姿を見ていて、
ドゥバイヨルのヒーローは多分もうずっと以前に、
ひどい死に方をしたんだろうなあと、中盤までは安易に思っていたけれど、
躊躇なく少女に刃物を振り下ろそうとする一方で、
聖書や年寄りを大事にしたり、妹を思ったりする様子に、
この少年にも自分を支え導く確かな何かがあるのだはっとした。
彼はそれをヒーローとは決して呼ばないだろうけれど。

名探偵ロイズに憧れる子供らしさを持つ一方で、
あの状況でドゥバイヨルと一緒に行く選択をし、
相方が恐ろしく凶暴で危険であることを目の当たりにしても、
理性と合理で恐怖を押し殺して銃を手に取るあたり、
リンツの状況への適応力は生半可なものではない。
彼が焦がれていた甘く優しいものは、
警視に殺意を向けられたときか、あの広場で人々に囲まれたときに、
無残に砕け散ってしまってもおかしくなったと思うし、
実際その後のロイズに対する辛辣さを見れば、
リンツが傷つき、失望の中にあったことも事実でしょう。
でもそのまま投げやりになったり、攻撃的になったりせず、
その失望を自分を取り囲む世界全体に広げなかったことが、
彼がこの冒険を生き延びることが出来た大きな理由だと思う。
あの時ロイズと協力しなかったなら謎は解けなかっただろうし、
そもそも自分を差別するドゥバイヨルを突き放していれば、
それで物語は失意の中終わっていたかもしれない。
救いは届かないことがあるし、どうしようもない人間は存在する。
銃の重みは簡単に人の命に勝ってしまう。
それでもキラキラと輝くものはあるし、人を許すことはできる。
そういうことを忘れずにいられるような希望を子供に示せたなら、
両親は親であることを誇っていいのだろうと思う。

灰になったという祖父母の祖国で何があったのか。
どちらも善良な人間でありそうな父と祖父の間に、
人生を完全に分けてしまうようなどんな確執があったのか。
子供だましの名探偵を隠れ蓑にするような政府ができるまでに、
どんな風に貴族は没落し離散していったのか。
リンツやドゥバイヨルには知ることができないそれらの事柄が、
彼らの世代の今に目に見える問題を残しているのは明かだけれども、
たとえ過去を覗き込む方法があったとしても、
少年たちの日々を一息で変えてしまうことはできない。
世代を超えて引き継がれてしまった問題を解決するには、
過去ではなく、より遠い、まだ生まれてもいない世代のことを、
目を凝らして真剣に考えることの方がおそらく近道なのだと思う。
ろくでなし街道まっしぐらのドゥバイヨルも、
冒険を経て一つ大人になったと同時に育った街を失ったリンツも、
今はまだ自分のことだけを考えていればいい。
けれど、いつかそれだけでは立ちゆかなくなったときには、
過去に置いきた人々を少しだけ思いながら、
それよりももっと先に、自分がしわくちゃになった時、
足元にいる一人の少年のことを思ってほしい。
幸福なだけの少年ではなかった二人なら、
それはとても強い推進剤になってくれると思う。
そんな老婆心を出したくなる魅力的な少年たちだった。

病床で息子に残すための冒険を考えていたとき、
きっと男はとても幸福だっただろうと思う。

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