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2016.03.18 (Fri)

キミの名前 箱庭旅団


キミの名前 箱庭旅団
(2014/12/13)
朱川湊人

旅人の持ち物は少ない。
身体一つで十分という達人さえいる。
軽やかな歩みこそ、
旅人の本領なのかもしれない。

行く道も、帰る道も、
それは同じなのだろう。


【More・・・】

これまでで一番長い旅は十日間を国内と国外で一度ずつ。
慣れ親しんだ自分の生活の場を離れて、
知らない街角を曲がり、知らない寝床に潜り込み、
知らない天井を見上げて一日を始める。
そういうことをたかが十日ほど続けただけでも、
元の場所に戻ったときの安堵はとても大きかった。
旅の途中に特別恐ろしい思いなどしなかったけれども、
自分が立っている数十㎠の面積が、
間違いなく確かなものではないような気がした。
「旅行者」としての長い旅を終えようとするとき、
旅そのものとその同行者に後ろ髪を引かれる少年を見ていて、
旅の終わりに際してただ帰宅を急いでいた自分と彼は、
全く別の種類の人間なんだなあとしみじみ感じた。
多分私はどんなに少年やスナフキンに憧れても、
「旅行者」にも、「漂泊者」にさえもなれはしない。
それはどこか一カ所に確かな根を下ろしているということではない。
単に使い古した見方が通じない場所に長くいることに、
耐えられるような心をもっていないだけなのだと思う。
旅に出たときと同じくらい軽やかに帰還した少年に、
羨望と嫉妬を募らせてしまった。

「鬼が来る正月」を憂鬱に思う朋子の気持ちは、
悲しいけれども経験的に少し理解できてしまう。
朋子の叔母ほど激しい例は珍しいだろうけれど、
人が集まる盆や正月を似たような理由、
つまり集まる親類の中に「怖い人」がいるために、
行事自体を疎ましく思ってしまう人はそう少なくないと思う。
腫れ物扱いされていることを理解しながら、
せめて盆や正月くらい血縁の輪に入りたいと思う気持ちと、
節目の季節だからこそ煩わされたくないと思う気持ち、
そこにさらに両方が家族を慮る愛情が重ねられて、
場はどこまでも白々しく緊迫していく。
叔母にだけ見えていた「鬼」が娘にも見えることに気がついて、
朋子は「あの頃」と叔母の認識を改めたようだけれど、
「鬼」が存在しようがしまいが、
姪の娘が自分と同じ道を歩くことになることは、
叔母さんの望みではなかっただろうなあと思う。
幼い娘とその母は多分これから誰かの「正月に来る鬼」になる。
家を守るためにそんな贄を出さねばならないなら、
守るとは一体何なのかと考えるのは叔母さんに酷だろうか。
「正月に来る鬼」にならないで済む人生を選ばねば。

人間以外の動物にとっては常識であるらしい、バルル原理。
命は巡るものだとする世界観が保証されているということだとすれば、
人間にとって、少なくとも多くの日本人にとっては、
それは受け入れるのが難しい話では全くないと思う。
ただ会議に出席している動物が危惧しているように、
それを知った人間が命を狩ることに躊躇しなくなるという可能性は、
残念ながら十分に有り得る話。
クロヒョウが弁護してくれているように、
だからといって命を狩り尽くそうとするほどには、
ヒトは残酷な生き物ではないと信じたいし、
あの場に議題の中心であるヒトがいないのは不公平だとも思うけれど、
でもたとえあの会議に招かれたとしても、
ヒトの善性を胸を張って主張するには、
これまでの所業を忘れるくらいの肝の太さが要るだろうから、
そんな大役は絶対にしたくない。
人間の傍で暮らした動物があのクロヒョウのようになり、
その思いが転生の際にヒトへの道を濃くするなら、
増加し続ける人口の背後にはこんな原因もあるのかもしれない。
当分人間にバルル原理が知らされることはなさそうなので、
次に転生したときに決がどうなっているか楽しみにしておこう。

今回はほとんどが現代日本でのお話で、
少年の故郷がどこの世界のどんな国なのかは判然としないけれど、
語られる順に少年が旅をしていたとすれば、
少年は無意識のうちに親しみ深い場所へ戻っていったのだと思う。
思いつくままに漂流しているようにも見えた旅にも、
出発地点と折り返しと帰路、そして帰る場所がちゃんとあって、
旅先では「旅行者」として客観的な姿勢を崩せなくても、
旅の行程それ自体はあくまで少年のためのものだった。
前巻で感じた通り、やはりこれは課外授業だったんだなあ。
白馬をなだめてまで「天国と繋がった海」で彼女と交流し、
「旅行者」としてのルールを破って子供の命を救ったとき、
それまでの課外授業で見てきたものを土台にして、
自分が何を大事に思い、何を選ぶ人間なのかということに、
少年はあの時一つの答えを出したんでしょう。
白馬が少女と少年の交流にいい顔をしなかったのは、
少年が答えを出すのを先延ばしにしいという面もあったのでは、などと、
再び一人きりの漂流に戻っていった彼の胸中を想像した。
偶然が彼を故郷かあるいは次の生徒に
巡り合わせてくれる日が早めに来てくれればいいと思う。

少年は帰るべき場所へ戻った。
漂流者になる前に、
マギーの旅もどこかに辿りついて欲しい。


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