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2016.04.08 (Fri)

探偵ガリレオ


探偵ガリレオ
(2002/2/10)
東野圭吾

一体の死体を作る方法には、
無限に近い種類がある。
殺意の火薬はそれ以上だろう。

人殺しとそうならない者。
前者にだけ見える何かがあるのか。
導火線のような、何かが。

【More・・・】

殺意、方法、機会。
その全てがそろっても誰もが人を殺す訳ではない。
倫理、リスク、法律に生理的嫌悪等々が足を竦ませてくれるおかげで、
大抵の場合は殺す以外の方法を選ぶことができるし、
実行されなかった殺意は、やがて忘れ去られてなかったことになる。
そういう未遂の殺意は殺人未遂よりもはるかに多いだろうと思う。
それらのくびきを外れてしまった人間を追いかけるとき、
無関係の第三者である追跡者がまず知るべきは、
殺意をもつ者、方法を知る者、機会があった者が誰かではなく、
何よりもまず、その場所でどういう現象が起きたかなんだなあと
湯川が実験を通して見せてくれる「その瞬間」を
草薙と共にほうほう言いながら見ていて改めて思った。
助教授先生の説明を完全に理解することはできなかったけれど、
その時その場所がどんな風だったのかは思い描けたと思う。
爆ぜ、燃え、腐り、感電し、死体が生じる。
データの収集と検証によって「その瞬間」を再現する姿勢は、
まさに研究上の課題に取り組む学者のようで、
事件に踏み込みすぎない距離感もとても気持ちが良かった。
子供と話すのが嫌いなだけで冷徹でも偏屈でもなく、
スポーツマンでもあり社交性も十分、お茶目さもある湯川という男。
事件現場をぱたぱたと動き回る姿を想像しただけで、
和やかな気分になってしまう程度には魅了された。

微細な証拠を採集して分析するわけでもなく、
意外な動機や込み入った器械的トリックを瞬時に思いつくわけでもなく、
湯川が捜査協力において発揮するのは、
あくまで科学という学問を下敷きにした推論の能力で、
確かにこの年齢で助教授というのは大変なことだろうけれど、
湯川は人の頭の上をひょいと飛び越えるタイプの天才ではないように思う。
人を殺すという野蛮な行為を見る上で、
感傷や経験だけを足場にしたような偏向なしに、
ただ自分が培ってきたものだけを手元に置いて考えているだけ。
湯川という男が事件捜査において見せる類い希な能力の核心は、
積み重ねた知識の量や可能性の検討の迅速さではなく、
そういう視点で人殺しを見ることができるという点なのだと思う。
人殺しに使うために発見されたのではない技術がもつ、
人殺しに使うことができる側面というものを、
湯川は知っているし、認めているんだろうなと、
デスマスクの事件での言動を見ていて思った。
この男に殺意と、方法と、機会がそろったなら、と考えてから、
自称科学オンチの相棒がいれば大丈夫だろうなと思って安心した。

殺害や遺棄の方法に共通の要素があるわけではないけれども、
なんとなく「解体諸因」を思い浮かべてしまったのは、
事件関係者の事情よりも、
何が、どうなって(主に死体が)そうなったのか、という部分に、
追跡者の興味が重く置かれているような印象が近いからか。
殺意の延長線上に殺人があることは少なくても、
色々な方法で作り出された死体の延長線上には、
必ず殺人者がいるわけで、
そちらの線を引くための協力は湯川の領分。
さらにそこから逆のベクトルで殺人者と被害者を結ぶのは、
物理学の先生の仕事ではなく刑事である草薙の仕事。
検証が済むまで説明したがらない湯川に渋面をしつつも、
草薙は強く押したり怒ったりはしない。
その辺りの割り切り方、二人の距離感が心地よく、
わざと脅かすようなことを言ったり、妙な方法で出迎えたり、
かと思えば一人で捜査じみたことをしてみたり、
なんだかその度ににやにやと邪な笑みを浮かべてしまった。
これ以上の妄想の発露はやめておこう。

実験で丁寧に説明されるまで、
ほとんどの事件で何が使われたのかは確信が持てなかったけれど、
なんとなく想像できたのは「燃える」のレーザーと、
「爆ぜる」のナトリウムと水の反応。
中学程度までの理科の教科書にどちらも載っていた覚えがある。
「注意」や「警告」、やってはいけない行為として。
プールにナトリウムを投げ込む実験映像を見たことがあれば、
なんでもない白い粉や透明の液体が、
どれだけの危険性を持っているかを理解するのは簡単で、
でもだからと言ってそれで人を殺せると考えたことはない。
もしも殺意があっても、その威力を知っていても、
きっともっとありきたりな刺したり絞めたりを手段として選ぶと思うし、
そういう衝動的な方法でしか殺意に着火することはできない気がする。
「燃える」は半分事故のようなものだったので別として、
「爆ぜる」や「壊死る」のような明かな殺意と、
自分の持っている特殊な知識や技術を直線で結ぶというのは、
一体どういう感覚なのだろうかと思う。
本当の、殺すことに繋がるような殺意というものを抱き、
それを熟成させる時間があったなら、
選ぶ手段も込み入ったものになっていくものだろうか。
しかし邪魔な男を殺すために別の男を利用した女の心が腐っているなら、
女を手に入れたいがためにその方法を提示した男も同じだろうとは思った。

ドラマ、映画の方はちらっとしか見たことがないけれど、
なぜに草薙が女性になったのかと考えて、
やはり二人の空気感が、などと再びにやりとしてしまった。

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