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2016.04.19 (Tue)

法医昆虫学捜査官


法医昆虫学捜査官
(2014/8/12)
河瀬七緖

死体が完全に形を失うのには、
何年もの時間がかかる。
それは死体を舞台にした小さな生き物の生の営み、
その連鎖がひとつの終幕に至るまでの時間だ。

さあ耳をすませよう。
ウジの声に、シデムシの歌に。
彼らが語る生と死の物語に。


【More・・・】

ウジがたかった動物を初めて目にしたのは、
10歳くらいの頃、死体は多分ハエだった。
ぶるぶると震える小さな白黒のものを床に見つけて、
私は生きた虫がいるのだと思いしゃがんで覗き込んだ。
ウジが食べる勢いに死体が震えているのだと気づいても、
私はその光景から目を離せなかった。
さすがに手を伸ばす勇気はなかったけれども、
固い部分をわずかに残してハエが消え、
行き場を失ってウジが戸惑ったように床を這い回り始めるまで、
その場に座ってじっと見つめ続けていたのを覚えている。
その時は怖いとも気持ち悪いとも思わなかったものの、
以降の悪夢のモチーフがウジや腐敗に固定されてしまったことを考えると、
やはり多少のショックは受けていたのかもしれない。
幼少時の赤堀とウサギのエピソードを聞いて、
経験を消化するその方法といきつく先は、
本当に人によって様々なんだなあと10歳の頃を思い出しながら思った。
赤堀のように死体を食べる虫に興味をもつ者もいれば、
動物の死体を拾ってきては土に埋めて骨を拾おうとし始める者もいる。
もちろん死体や虫に強い嫌悪感をもつ人もいるだろうと思う。
生来の性質や周囲の人間の影響が絡み合う中から、
人が一つを選び、何者かになろうと決める瞬間は美しい。
「さらさらの土」を見つめる少女を想像してそんなことを考えた。

細かに描写される焼死体の様子は想像するにも辛い。
なのに腹から生きたウジボールが出てきた途端に、
現物を見たいと思ってしまうのは一体何の性なのか。
まあ実際その場にいれば確実に吐き散らかしているだろうけれど、
それでも赤堀が検視に立ち会えなかったのを悔しがるのも分かる気がした。
とはいえそれを国民食にたとえるのは意地が悪い。
ハチの子やイナゴは料理すれば美味しいけれども、
それと人間の死体から出てきたウジボールは別次元でしょう。
警察の事件捜査に参加する女性学者で対象が虫と聞いて、
つい序盤は米ドラマ「BONES」を連想していた。
確かに研究分野はその登場人物であるホッジンズそのものだし、
予想しにくい発想や行動はブレナンにも似ている。
ただ、彼らが自分たちの優れた頭脳に蓄積された知識を、
時に世の常識のように考えてしまうことがあるのに対して、
赤堀は自分の専門分野やその対象が門外漢からは理解しがたいこと、
また振る舞いが時に人に嫌悪や戸惑いを与えることを理解しているように思う。
その上で鰐川に意地の悪い言葉をかけたりしているのだから、
全く良い性格をしていてとても好ましい。
でもそれだけでなく、専門用語を易しく噛み砕いて説明したり、
岩楯のクモ恐怖症を慮って助言をしたりすることもできるのが赤堀で、
それが虫好きの子供のような容姿と懸け合わされば、
家庭に疲れた中年刑事などイチコロなのも仕方ない。
二人に立派な大人の自制心がしっかりあって良かった。

事件の全体を改めて見通してみると、
それほど込み入った構造にはなっていない。
ただ由香子やみちるの行動原理が一部常識から逸脱していることや、
殺人とは直接関係のない人物が端々に絡んでいることで、
不可解な証拠だけが山積みになってしまっていたのも確かで、
赤堀によるウジやハチの子の発見なしには、
しあわせ農場に辿り着くのはもっとずっと先になっていただろうと思う。
今回の事件で法医昆虫学の有用性は十分に証明されることになったけれども、
その間際で防げたはずの人死にを出してしまったことに関しては、
殺人に関わっている調査に一人で向かった赤堀にも、
貴重な事実をあぶり出した学者にサポートをつけなかった警察側にも、
どちらにも責められるべき点がある。
井戸の底で、自分が助けられなかった少年の死体にやってくる虫に、
助けを呼ぶための印をつけて空に放ち続けていたとき、
赤堀がどれほど自分を責めていたかを想像すると、
さばさばと契約更新を受け入れた彼女の中に、
何か危うい傷が残っているのではないかと心配になってしまう。
まあでも死を受け入れることをきっかけに始まった虫への傾倒だから、
それを捨てることだけは絶対にしない気がする。
クワガタを捕りがてらまた二人で会いに来ればいい。

死体として登場したみちるの軌跡を追ううち浮かび上がってきたのは、
独りよがりの善意と熱意に突き動かされ暴走する女で、
國居や由香子が持っていた印象も考えると、
岩楯がもつみちるに対する嫌悪感のようなものには、
死人に悪いと思いながらも同意したくもなってしまった。
おそらくみちるのが目指していたのは、
悩み苦しむ人間に救いを「与える」ことだったという気がする。
だからこそ苦しみから彼らを遠ざけ、べつの拠り所を与える。
そのためにはあらゆるルールを無視することも厭わない姿勢は、
とてもカウンセラーのものではないし、
ましてその責任を負えるような人間でもなかっただろうと思う。
どこをとってもみちるのやり方は正しいものではない。
でも、みちるを失い、一応の管理者だった二人が逮捕されたとき、
残された集団がそのまま瓦解することなく、
自ら道を決めようとしているらしいことを聞いて、
みちるを頼り、依存するだけの存在ではなかった彼らに、
不安定ながら自分をもっていた拓巳が重なって見えた。
船窪と由香子が利用し合う関係だったように、
どんづまりにいた子供たちはみちるを利用したのかもしれない。
今いる場所を抜け出す足がかりとして。
彼らの前途が広い場所へ通じていることを願っている。

魔女スープ云々以前の問題として、
岩楯は妻と合っていないように思う。
彼女の望む幸福が自分のそれではないのなら、
さっさと決着をつけた方が良いと思いますよ警部補。

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