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2016.05.29 (Sun)

スヌスムムリクの恋人


スヌスムムリクの恋人
(2011/9/6)
野島伸司

きみをいつも守ることはできない。
悩みをなくすこともできない。

それでも僕たちはきみの友人だ。
一緒に育ち、一緒に笑った。

なあ、幸せになろう。
きみの幸せを僕たちは願ってる。

【More・・・】

上戸彩さんが性同一性障害の少年を演じた頃、
その言葉はまだあまり世間に認知されていなかった。
かくいう私もあのドラマを通じて初めて、
身体の性は人間の性のほんの一部なのだと知ったし、
長くもっていた自分の身体に対する嫌悪のようなものを、
客観的に整理して考えるきっかけにもなった。
ドラマの中の少年の姿は世間に大きな衝撃を与え、
それは彼と近い現実を生きる人々にとって意味のあることだったと思う。
これから何かが変わるのだといううねりのようなものを、
あの時私は子供ながらに感じていた気がする。
あれからはや十数年。言葉の認知度は上がり、法律ができ、
人々の意識にも変化は確かにあった。
何もかも解決と言うにはほど遠いけれど、
二十年前には希望を持つこともできなかったことが、
今は現実に行えるようになってもいる。
ノノと彼女を守る三人の騎士の物語を読んでいて、
これはあのドラマの少年が遠くに見ていた夢、
そこへ至るための道中の物語なのだと思った。
問題はまだ多いし、たとえそれがなくなったとしても悩みは尽きない。
それでもたった一人で外の世界と戦う必要はもうない。
希望を示そうとする物語をとても温かな気持ちで読んだ。

ノノと三人の関係、というかその両親達の距離感は、
ただ友人と言うには近すぎて最初はとても奇妙に見えた。
恋愛関係も友情も、家族愛も輪の中に含んだ状態で、
彼らが隣人としても上手くやれるなんて、
必ずどこかで無理がひずみになっているはずだと思った。
ただ直樹の母が出て行くということにはなったとはいえ、
原因は彼らの関係というより夫婦間の問題のような気がするので、
結局のところ両親とその子供達のとても近い関係は、
大きな歪みを生むこともなく上手くいっていたということなんでしょう。
その輪はノノだけではなく子供達みんな、
いや親たちも含めてた全員をことあるごとに支え、
誰にもどんな問題でも一人で立ち向かわせたりはしない。
そこに過去の恋愛や子供世代にとっては今の恋が、
排除しがたく含まれていることを思うと、
何かやはり危険な匂いを感じてしまうけれども、
それは純粋なただ一つの名前をもつ感情しか信頼できないという、
私の狭量の表れでしかないんだろうと思う。
それは多分、恋でも家族でも友情でも良いけれど、
ただそれだけを至上と考えるような思考と繋がっている。
一言ではくくれない雑多な感情をこね固めて、
相手を大事に思う確かな心を作ることができる彼らが羨ましい。

誰かを助けるために自分が死ぬという自己犠牲は、
死ぬ本人の心にしか救いをもたらさないと思っていたけれど、
タイで混乱し精神の均衡を失おうとするノノを、
こちら側に引き留めるために直紀がしたことは、
誰にでも選べるわけではない行為だったと思う。
直紀は手術を提案した時のように感情のままにエゴを振るったのではなく、
それをすることでノノと自分が何を失うのかを時間をかけて考え、
友人を生かすこととそれらをちゃんと秤にかけた上で、
ノノを女の子として肯定することを選らんだように見えた。
その結果、直紀自身は自らの根底を粉砕することになり、
おそらくノノの身体にも負担を強いることになっただろうけれど、
あの夜がなければ、多分彼女は生きられなかったと思う。
そのことは命で命を購おうとする時と同じように、
ノノの心に大きな重荷を背負わせることになっただろうから、
そのまま長く旅に出たまま直紀が戻らなかったことは、
無責任と言われても仕方ないかもしれない。
でもそこは残してきたあと二人の友人のノノへの思いの大きさを、
自分のそれ以上に信頼したからだと肯定的に見たい。
スナフキンを気取るには旅が必要なのだから。

一緒に育った大事な友のために、
心を砕き、行動を起こし、支え合おうとする子供たちの姿は、
親たちにはおそらくとても誇らしく映っただろうと思う。
彼らの意思と決断を尊重し叶えてやりたいとも思っていたと思う。
それでもノノの手術を前に立ち止まるのは、
子供たちと、自分の友人であるノノは母のことを、
本当に大事に、かけがえのないものとして思っているからなのだと、
そんなのは変だとか、世間がどうとかなんて言葉を一切持ち出さずに、
よく考え、あらゆる可能性を検討しようとする姿を見て思った。
その慎重さは子供にとってはもどかしいものだし、
今すぐやらねば意味はないと思ってしまう焦りもよく分かる。
実際ノノにとっては一刻を争う命の危機でもあった。
けれどそこで子供たちとぶつかることになっても、
かれらに考える時間を与え、可能性を示すのが、
親として、あるいは大人としての責任の一つなのかもしれない。
子供のしたいようにさせてやるだけではなく、
ときには壁にもなって足を止めてやる。
そんな親という人々には全く頭が上がらない。

心と身体のくい違いに苦しんできたノノにとって、
同性の友人を得ることはとても難しいことだった。
直紀がいない間、ノノとかなみがどんな話をしたのか。
想像すると大変に微笑ましい。
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テーマ : 読書感想 - ジャンル : 本・雑誌


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