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2016.07.16 (Sat)

月魚


月魚
(2004/5/25)
三浦しをん

お前の罪を知っている。
お前が俺の罪を知るように。

過去に繋がれる苦しみと、
繋がっていられる幸福の狭間で、
俺とお前は立ち尽くしてる。
あの日から、ずっと。


【More・・・】

変わらないでいようと固く決意しても、
変わらないでくれと強く願っても、
人の心はひと時も同じ形ではいられない。
その一方で、心に錨を打ち込むことはたやすい。
ささいな言葉、霞がかった遠い過去の像。
一度心の深部に打ち込まれた錨は簡単には抜けず、
抜けたとしても大きな痕を残すことになる。
瀬名垣と真志喜を離れがたく結び付け、
尚且つそれ以上の接近を互いに許さない鎖は、
同じ過去の一点から伸びている。
けれどそれは同じ一本の鎖などではなく、
材質も長さも異なる、全く別の鎖なのだと、
本や父という存在に向き合う二人を見ていて思った。
瀬名垣も真志喜もおそらくはそれを知っている。
それでも鎖を切り、その傷跡を受け入れようとするとき、
自分一人でやるしかないその作業の隣に立つ者の確かさは、
後ずさろうとする心から怯えを払ってくれる。
過去に囚われて今や未来を肯定できない人間同士が、
震える心を叱咤しながら互いの傷に手を伸ばす様は、
苦しいほどに美しい光景だった。

瀬名垣と真志喜には何やら過去のわだかまりがあり、
その一点が二人の間に緊張感を生んでいるらしいことは、
冒頭からその夜までですぐに察せられる。
ただ二人の間には同時に無防備な気安さもあって、
その二つの重ね合せに堪らない色香が漂い、
明示されない部分に思いを馳せてどぎまぎしてしまった。
瀬名垣が獄記を見つけ出した日からこの関係になるまでに、
どんな会話が交わされ、どんな風に距離を測り合い、
現在に至ったのかは大変気になるところではあるけれど、
焦点はあくまで二人がそのわだかまりに決着をつけることで、
買取の旅へ出る二人をできるだけ邪な思いを排して見送ろうとした。
ただまあ、過去に決着をつけることはすなわち、
二人の関係を組み直すことでもあるわけで、
つまりはより純粋に相手を思う気持ちに向き合うことでもある。
だから車の中や買取先での作業中に交わされる言葉の中に、
関係の変化や相手への思いを読み取ることは、
作法として間違っていないはず、などと言い訳しながら読み進めた。
というか断続的に真志喜の色素の薄さや何やらを描写されて、
平静と読み飛ばす方がどうかしているような気がする。
大変に心に肥料を播いてもらいましたともええ。

瀬名垣少年が獄記を掲げ上げたとき、
真志喜の父がどんな風に打ちのめされたのかということを、
本人の口から聞いて初めて重みをもって感じた。
息子の視点から見る父はちんけなプライドだけで成り立つ小さな男で、
真志喜も真志喜でそんな男のことはさっさと斬り捨てればいいのにと、
再会して本人の口から胸の内を聞くまでは思っていた。
もちろんどんな思いがあったところで、
父と息子を捨てて逃げ出す言い訳にはならないし、
瀬名垣父子を蔑み続けることはやはり醜い嫉妬としか思えない。
でも多分、古本に愛された真志喜やその祖父、瀬名垣には、
そこに至ることができないこの男の気持ちは分からない。
愛しているものに愛されず、愛される方法も分からず、
それでもそれから離れることができない苦しさを共有できない以上、
父と息子が同じところから世界を見ることは絶対にないのだと思う。
父との対話の中で、真志喜はそれに気づいたんでしょう。
息子を愛していないわけでもなく、古本への愛も同じようもっている。
でも再会してもしなくても、あの夕暮れの隔たりが埋まることはない。
10歳の子供だった真志喜はそうでなくなっても父を探さず、
父は10歳の子供を捨てたまま戻らなかった。
結局は二人にとってはそれが答えということなのかもしれない。
その上で諦めさせてはいけないと決意する瀬名垣が男前だった。

先を見通すことの出来なかった子供の自分の行動が、
ドミノを倒すように周囲を破壊してしまったら、
行動を起こすことが恐ろしくなってもおかしくないと思うけれど、
一人の教師の目から見た高校生の瀬名垣には、
そういう怯えのようなものは見つけることができない。
真志喜の方がやや自分の中に籠もっても見えるのは、
単に性格の違いが出ているだけのことのような気がする。
夜の闇の中へ跳躍する様はしなやかで自由な普通の少年のもので、
高校生という時代を目一杯謳歌しているようで清々しい。
独り立ちしながらも不安定な無窮堂の主としての真志喜や、
世渡り上手の看板を掲げて過去から目をそらす瀬名垣よりも、
高校生の二人の方が余程したたかに思えた。
この頃は互いの中にあの日の傷が残っていることに気づきつつも、
瀬名垣が無窮堂に戻ってきてからの延長、
大事な友としての距離にまだ無理なくいるんだろうと思う。
このままの関係を続けていくのなら無理が出ることはなかったかもしれない。
でも、おそらくはみすずや秀郎との関係が動くのと連動する形で、
二人の関係はそこに留まることができなくなったんでしょう。
過去にけじめをつけないまま関係を進めようとするから、
大人になった二人の間には高校生の時よりも大きなひずみが生じている。
少年から青年になり、関係を変えていく過程の二人の物語、
いや幼なじみ二人も加えた四人の物語をぜひ読みたいけれど、
膨大な余白を胸のうちで育てる楽しみを貰ったと思っておこう。

その人に先立たれたとき、
こんな風になれるような人と一緒になれたら幸福だと、
美津子さんの凄みにしみじみ思った。
あと二人は仕事先なんだから自重しなさい。

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