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2016.07.17 (Sun)

私を知らないで


私を知らないで
(2012/12/9)
白河三兎

誰も彼女を助けない。
守る者はおろか、
知ろうとする者すらいない。

だから彼女は一人で覚悟した。
向日葵だけを支柱にして。


【More・・・】

直接的な暴力や無視がないとしても、
教室はいつでもその中にいる者を脅迫する。
階級のどこに属しているかは関係ない。
触れも見えもしない空気に抗うことは難しく、
蔑ろにされることも、蔑ろにすることも、
等しく受け入れる以外の道は存在しないようなものだ。
クラスの中だけでなく町全体から軽んじられるキヨコ。
彼女を取り巻く空気のどうしようもない厚みを感じる度に、
自分の中学生時代の教室の光景を思い出した。
目に見えるいじめなどない平和な地方の中学校にも、
確かにキヨコに似た同級生はいた。
特別不幸だということではなく、ただ軽んじられている。
気持ちを慮る者がいない。憶測が簡単に事実になる。
そういう空気がどこから始まったのかも分からない。
誰のことも助けない決意をもつ黒田と
鈍感なフリをして教室の空気を切り裂く高野を見ていて、
中学生とはこんなにも強くもなれるのかと、
思い出の中の少年の姿を思い浮かべながら思った。
無我夢中で差し出す手がまだ間に合う少年たちに、
その機会を逃した過去を棚に上げて嫉妬する。

借金取り、家庭内暴力、両親の失踪、学校での無視。
キヨコを取り巻く環境は安心からはほど遠く、
何度尋ねても警戒も露わに玄関に現れる彼女の姿は、
黒田でなくても痛々しく哀れに映って仕方がない。
物心ついた頃からこんな環境で育ってきて、
それでも彼女が「普通」を目指して努力し続けられるのは、
多分キヨコのお祖母ちゃんが必死に、それこそ命を懸けて、
そのことの尊さを孫に示していたからなのではないかと思う。
「終わりの日」のキヨコは祖母の真面目さを愚かだと言いたそうだけれど、
それはキヨコというキャラクターがさせる虚勢に見えた。
自分が「普通」を望んだために祖母を苦しめた、と、
キヨコはそのことを罪のように思っている。
でも孫に選択を迫らずにはいられないほどの迷いの中で、
キヨコが迷わず「普通」を選んだことは、
お祖母ちゃんのそれまでを肯定したでしょう。
生活保護やその他の行政的な支援に頼らず選んだものは、
孫にとって最善だったとはやはり言えないし、
保護者としてそれは怠慢だと言われても仕方ないとも思う。
でも少なくともキヨコにとって祖母はただ一人、
家族として彼女を愛していた人間だったのは間違いない。
なぎ倒された向日葵にキヨコが何を見ていたのかを思うと苦しい。

空気を読み、人を見る力に長けているとはいえ、
黒田と高野にできることは本当に限られていて、
自分たちの非力さを本人たちもよく分かっているから、
浮き沈みを繰り返すキヨコの立場を間近で見ながらも、
二人は中途半端に助け船を出したりはしない。
各々の問題にも自分の力だけで向き合おうとする。
そんな彼らが終盤にかけて手を差し伸べ合う姿には、
だからこそ胸に迫るものがあった。
キヨコは自分ではなく黒田のためにミータンに勝負を挑み、
黒田は信念を曲げて高野の問題に踏み込み、キヨコの手を取る。
高野は自らを責め立てる声に必死に耳を塞いで、
キヨコのために大きな壁を踏み越えようとする。
自分の非力と他者の誇りの尊さを誰よりも知る彼らが、
他人の問題に踏み込むことは一種の禁忌だっただろうに、
それでも見過ごすことができない熱いものを持ち、
それから目を逸らさない勇気さえ持ち合わせる彼らはひたすらに眩しい。
文化祭での逆転のような温かい奇跡が、
「終わりの日」に立ち尽くす二人にも訪れて欲しいと心から願った。

明日にでも「終わり」が来ることを覚悟しながら、
数年、数十年先を見据えて生活してきたキヨコが、
友達と家でしゃぐなんて幸福を掴んだその日に終わりはやってくる。
その瞬間にほんの少しの迷いもなく為すべきことを為すキヨコの、
その潔さがとても悲しいものに見えた。
彼女はお祖母ちゃんを埋めた日から一体何度、
その瞬間を頭の中でシュミレーションしたのだろう。
ある日突然全てを捨て去らなければいけないのに、
価値あるものを見極めて大切に積み重ね、
こびりついた劣等感をすこしずつこそげ落として自分を肯定する。
その全てを一人で続けることはどれほどの忍耐が必要だっただろう。
彼女の背景を知ってしまえば、キヨコに同情しないことは難しい。
その同情だけで手を差し伸べることはとても簡単なことだと思う。
でもそれではキヨコの重さを受け止め切ることはできないし、
「キヨコ」ではなくなっていく新藤ひかりを助けることにもならない。
黒田を養子として迎え入れた優しい両親が、
中学生二人の懸命の願いにすぐには応じなかったことには、
とても正しい大人としての理性を感じた。
息子に嫌われる恐怖やキヨコへの同情を理性でなだめながら、
他人を家族に受け入れる覚悟の有無を夫婦は時間をかけて見定めた。
この両親の子になれた二人は本当に幸運だったと思う。

転校生としての経験もないのに、
人と空気を見る聡い目を持つアヤ。
逃した魚は恐ろしく巨大だったねえ黒田少年。
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テーマ : 読書感想 - ジャンル : 本・雑誌


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