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2016.08.21 (Sun)

リカーシブル


リカーシブル
(2015/6/15)
米澤穂信

幻と知りながら、
追いすがらずにはいられない。
両手がいくら空を切るとしても、
硬く冷たい地面に触るよりはずっといい。

町を、人を、伝説を、
駆動させるのはその弱さ。

【More・・・】

子供は可愛い。赤ん坊も動物の子も等しく愛らしい。
彼らはどんなときも守られ、愛されるべきだと思うし、
その将来が幸福なものであればいいとも思う。
でも、子供が好きか、育てたいかと言われれば、
特別そういうわけではないと答える。
私はただ小さものを可愛いと思っているだけ、
他人の育てた見事な花を美しいと言うように、
手放しに愛でているに過ぎないことくらいは自覚している。
子供を自分の手元で育てるということは、
そんな覚悟では務まらないことだろうと思う。
「愛すべし」は愛を担保するわけではないし、
悲しみや憎しみと同じように愛もまた、
何か別のものと変換可能な心の一部でしかないのだから。
けれど、その事実を知るのは大人になってからでいい。
少なくとも中学生になったばかりハルカが、
ただ一人の「ママ」の心に気づくのは早過ぎる。
泣きもせず崩れ落ちることもなく、
そうか、と納得しようとするハルカがあまりにいじましく、
彼女を抱きしめてくれる大人はいないのかと探してしまった。
しかしながら、守ってくれる大人の手を探すこともなく、
より小さな者を守ろうと奔走する少女には、
それは侮辱なのかもしれない。

新しい町でハルカが感じている孤独は、
彼女がさばさばと物事を見ようとすればするほど際立ち、
いつ彼女が夜の闇の中に駆け出してしまうのかと、
中盤までははらはらし通しだった。
父親に見捨てられ、肩身の狭い家族に取り残され、
不気味な暗黙のしきたりが生きる町でなんとか居場所を探し、
さらにはおかしなことを言い出す弟の手まで引かねばならないとは、
ハルカの境遇はなんて過酷なのかと思っていた。
ただ最後から全体を眺めてみれば、
彼女を支えていたのは、その守るべき弟の存在だったのだと思う。
血は繋がっていないし、泣き虫で手のかかる弟だけれど、
ハルカを頼り、また同時にハルカを守ろうとしたのは、
「ママ」でもなければ先生でもなくサトルただ一人だった。
子供であることを噛みしめて暮らすハルカにとって、
守ることができる相手がいることは、
それだけで自分を肯定する大きなよすがになっただろうと思う。
サトルの方はただ自然に姉を慕っているだけだろうけれど、
他人の思惑を忘れて人と対することが難しい状況では、
ハルカはその屈託なさにも救われていたんでしょう。
自分が日々こつこつと積み上げてきたものを投げ捨てて、
弟を救い出すために夜を駆ける少女は、
町のどの大人よりも本当に確かなものを知っているように見えた。

互助会がすがっているものも、
そのために町の中で起こる変事の数々も、
全ては幻想の上に存在している。
結果的に何人もの人間を殺すことになったその幻想を、
本当に心から信じている人間は、
おそらく互助会の中でさえ一部に過ぎないのだと思う。
希望があることを信じるふりをすることで、
死にかけた町の現実に向き合う痛みから目を逸らす。
そのためにだけ、タマナヒメは担がれ、人が殺され、
サトルも犠牲にされそうになったのだとしたら、
これまで失われてきたものの虚しさに目眩がする。
でも互助会ほど激しい行動に出ないとしても、
日常的に目の当たりにするどん詰まり感を見ないために、
信じていることにしている幻想がおそらく私にもあるし、
国民というような大きな単位にも同じようなことが起き得る。
高速道路を、恋や健康やオリンピックに置き換えてみればいい。
何か一つのことが変わりさえすれば全てが良くなるほど、
人生は簡単な構造ではないと知っているのに、
その何か一つを一つくらい胸に抱かずには、
生活を支えていけないような気がしてしまう。
それを夢や目標と言える人間は人を殺したりしないのだろうなあ。

タマナヒメであるリンカが超常的な存在なのか、
あるいは町の幻想と伝説に強く影響された可哀想な子供なのか、
どちらなのかは事件が決着しても判然としないけれど、
いずれにしろリンカには幻想がちゃんと幻として見えていたように思う。
その幻想のために人が死ぬことも友達に嘘をつくことも、
おそらく彼女にとってはくだらないことで、
町が嫌いだと言った言葉こそリンカの真実である気がした。
ハルカが一人で生きていくことも許されない子供であるがゆえに、
「ママ」との生活を保つことに必死にならざるを得ないように、
リンカも苦しさを抱えてタマナヒメを務めていたのかもしれない。
だとしたら、水野報告が姿を現したことで、
町の幻想に区切りが着いてしまえば、
二人は同じ痛みを知る者としていい友達になれると思う。
あと数年、お互いの境遇をそうして支え合えば、
その先には自分の人生を自分で決められる時間が待っている。
やがて二人が手に手を取って町を出て行く姿を幻視しつつ、
まだまだ大変な立場で頑張らねばならならい彼女たちを応援したい。
もう少し大きくなったサトルが二人の矛や盾になってくれたら、
なんて期待するのはまだ早過ぎるか。

自分が狙われたことに気づいているくせに、
いまいち生徒を守る意識の方は低いけれども、
そこさえ変われば、
三浦先生はぜひ教わりたい良い先生になると思う。
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