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2016.11.01 (Tue)

慟哭


慟哭
(1999/3)
貫井徳郎

子供を傷つけ殺す者は、
生きて苦しんだその果てに、
地獄に堕ちればいいと思う。

けれど、人を鬼にしてしまったその罪は、
社会を作る全員が、
共に負わねばならないものだ。

子供を殺す鬼も、
かつては人で、子供だった。

【More・・・】

痛みを知ることと人に優しくすることが、
完全な比例の関係で表せるものならば、
通過儀礼としての暴力を容認してもいいと思う。
その分だけ誰もが人に優しくすることができて、
世界平和なんてものに近づくことができるなら、
暴力のおぞましさにはおつりが返ってくるでしょう。
でも残念ながら、そんな式は存在しない。
理不尽な痛みを与えられた者の中で、
それを人への慈しみに換えられる者はごく一部で、
ほとんどは怒りを別の暴力に置き換えてしまう。
それは他人へ向かうこともあれば、自分に向かうこともあり、
いずれにしろ新たな痛みを生み続けることになる。
一人二人が尊い決心の末に痛みを優しさに換えたところで、
暴力の奔流を止めるには足りない。
だから本当にその流れを変えたいと願うなら、
そんな個人の資質や努力に期待している場合ではないのだと思う。
痛みから生じた悲しみや怒りを別の暴力に換えさせないために、
外部からの積極的かつ専門的な手助けの仕組みが必要でしょう。
罪を憎み、子を失う痛みさえ身に染みて知りながら、
悲しみを燃料に子供を攫い続ける男を見ていてそれを切実に思った。
誰かが良いセラピーを教えてあげられたら良かったのに。

子供を攫っては殺す者とそれを追う者。
平行して語られる物語の合流がいかにして起こるかは、
佐伯が婿養子だという点と、彼の顔を覚えている者がいる二点で、
中盤でもしやと思ってしまったけれど、
できれば予想は当たらなければいいと読みながらずっと思っていた。
物語の楽しみ云々という話ではなく、
この自制の塊のような佐伯という男が、
自らの願いのために子供を攫う鬼に成り果てるということが、
どうしようもなく痛々しく、見ていられないから、
どうかそんなことにはならないでくれと思っていたという話で、
予想に反しない符合が出てくるたびに悲しみが募った。
佐伯の自制、職務に忠実であろうとする堅さは、
結果的に顔のない犯人を挑発し、娘の死を招いたわけで、
その時点で佐伯は心の均衡を失ってしまったのだろうと思うけれど、
そもそも自分の生まれを振り切ろうともがいているつもりが、
父の手の平の上で踊っているだけだと気がついたときから、
この男は少しずつ自分を見限っていったのではないかという気がする。
母と自分の誇り、妻への愛情、伊津子、娘からの親愛、
そして娘を失ったとき、同時に職務への誇りも砕かれてしまった。
冷静さを顔に貼り付け、それによって自分自身を支えながら、
佐伯は実のところずっと正気と狂気の間で揺らいでいたのだと思う。
最初から最後まで一人で壊れていった男を、
どうすれば助けられたのかそればかり考えている。

佐伯の犯行の様子を見ていると、忍耐と客観性さえ失わなければ、
人に見咎められることなく子供を攫うことも殺すことも、
そう難しいことではないように思えてぞっとした。
悪魔崇拝を熱心に行い、死者の復活を願いながら、
同時に佐伯には長く警察にいたことで培われたノウハウが、
しっかりと息づいていたからこそ、
犯行を重ねても決定的なボロを出すことがなかったんでしょう。
儀式の失敗の度にどれほど大きな失望を味わうとしても、
娘の復活に繋がる他の方法が見つかりでもしない限り、
この男は子供を攫うことを止められなかっただろうから、
もしも佐伯が東京を出て、どこか地方で儀式を始めていたら、
死者はもっと多くなっていたんだろうと思う。
東京にいれば気づかれる可能性があるという程度の計算を、
佐伯が出来なかったとも思えないから、
それでも東京近郊から離れずにいたのにはおそらく明確な理由がある。
リスクと土地勘を天秤にかけたか、鶏の入手先等の利便性か、
あるいは自分が属していた警察組織への復讐か。
逮捕後の佐伯の様子を考えると、
最後の理由が一番もっともらしいような気がしてしまうけれど、
だとすると、佐伯は結局正気を手放して信じたいと願ったことさえ、
信じ切ることができなかったということになる。
胸にあいた穴を仮の物でさえ塞げない男が哀れでならない。

無音の慟哭があまりに痛ましくて、
つい佐伯のことばかり考えてしまったけれど、
その妻であり、理恵子の母でもある美絵の心情を思うと、
佐伯以上の大穴が見えてきてまた荒涼とした気分になる。
父親との関係のせいで夫は家に寄りつかず愛人を作り、
娘の危機を訴えても聞き入れて貰えず挙げ句娘は殺され、
一年後に元夫が連続幼女殺人犯として逮捕される、なんて、
どの時点であっても精神の均衡を崩すには十分だと思う。
事件後の美絵については全く語られていないけれども、
願わくば、彼女が死んだ者、別れた者を、
自分から切り離せる人間であってくれればいいと思う。
佐伯がしたことは喪でさえないただの現実逃避、
しかも他人を殺傷するという最悪の形のものだから、
手本にするには全く値しないけれど、
覚えているだけで穴に通る風が苦しくてならないなら、
彼らを忘れてしまうことは少しも悪いことではない。
どんな事象についてであれ、
生きている者にはそれが許されていると思う。
娘と娘婿の関係を悪化させる一方だった舅が、
せめて一人きりになった娘を顧みることを思い出してくれでもしなければ、
あまりに残った世界が無残すぎる。

天才な頭脳を持ち、自信家で皮肉屋な記者・須藤。
短い登場ではあったけれども、
この人で別の話を読みたくなった。

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