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2017.01.20 (Fri)

妖奇切断譜


妖奇切断譜
(2003/4)
貫井徳郎

誇るべきは何だろう。
美しさか、功績か、
その生まれの貴さか。

この身が持ち合わせる何でなら、
世間に恥じず立てるだろう。


【More・・・】

容姿の美醜というものに最も敏感だったのは、
ご多分にもれず十代前半のことだったろうと思う。
最も敏感、過敏でさえありながら、
それは最も美のために努力した自棄とは重ならない。
にきびや体型の変化に日々一喜一憂しながらも、
それに対して何か策を講じること自体が、
どうしようもなく自意識を刺激して、
鏡を見つめたり体重計を睨む自分を少し俯瞰するだけで、
羞恥に焼かれるような気がしていた。
骨や筋肉が成長しきってしまえば、
自分の顔も体の形もこんなものだしか思わなくなった。
美しい人は確かにいるし、彼らにしか選べないものがあるような、
そんな気がしてしまうこともあるけれど、
あのようになりたいと強く願うことは最早ない。
仕事や生活に支障をきたさない姿でさえあれば、
それ以外の美醜とはつまるところ好みの問題でしかないと思う。
他者の美しさに心を奪われ何もかもを捨てた男の所業は、
恋ゆえと言ってしまうにはあまりに無残だった。

死体をバラして捨てる者がそうする理由を探る構図に、
つい「解体諸因」を思い浮かべながら読んだ。
非常に危険な証拠品である死体を運搬・処理する、というのが、
殺人者が死体を切り刻む主な理由だろうけれど、
いずれ必ず見つかる稲荷を選んで捨てている時点で、
今回の動機はそこにはないという推測になる。
ということは恨みか何かしらの欲望か、
いずれにしろ解体の理由は犯人の内面の問題になるので、
明詞の警視庁が動機云々より捕縛に躍起になったのは、
至極当然の、仕方の無いことだと思う。
朱芳にしても市右衛門と旧知の間柄でなければ、
「かさ」にまつわる法則に気付くところまでが限界だったでしょう。
それでたどりつけるのは珠子のところまでだから、
目的の人間を殺し尽くした後の段階では、
実行犯を推理から特定するのはほぼ不可能な気がする。
彼らの逃避行を誰かが発見・通報するという偶然なしには、
事件の全容が明るみに出ることはなかったわけで、
探偵役たる朱芳の推理の冴えに期待する者としては、
やや肩すかしを食らった感があって残念だった。

公家であることへの誇りやそれ故の恥の意識というものが、
他人を幾人も殺して刻むのに十分な理由と考えることは、
理屈としては理解できても感覚としては全く分からない。
珠子にとって庶民は人間ではなくそこらの野草同然のものだとすれば、
自らを守るためにそれを蹴散らすことに対して、
罪の意識を持てという方が無理だとは思う。
ただ、庶民は言葉も通じれば体を交わすこともできる相手なのに、
それを自分の都合で殺しても構わないものと捉えられることが信じ難い。
何より寒気が走るのは珠子の動機がその美しさゆえのものではなく、
公家としての生まれの部分に依っているということ。
もしもその兄や父が同じような状況に陥ったなら、
おそらく珠子とそう変わらない判断をしただろうと思う。
朝廷でもなければ幕府のものでもない時代において、
公家であるという貴さ以外に誇るものはないと自覚していることは、
滑稽だけれど、見方を変えれば現実が見えているとも言えると思う。
武士という身分も使命もとうに失ってなお、
己に特別の価値を見出そうとする足狂いの男よりも、
この時代の公家はよほど自分たちが何を持っているのかを知っている。
だからと言って、珠子の判断に賛同できるわけもないけれど。

手足に繋がる部分ではなく、それそのものに対する偏執は、
フェチと軽い言葉で言ってしまえばそう珍しいものでもない。
愛しさと食欲が近しい関係にあるというのも理解できる。
それが放っておけば腐りゆくばかりというなら尚更、
食べてしまうというのは理に適っているような気さえする。
ただ喜八郎の場合は本人の述懐と、
その実体には大きな隔たりがあるような気がした。
たやすく反転する人間の性質、同胞たちの屍の山、
何もかもを失って生きていくのも苦労しているという劣等感。
そういうものが喜八郎の中で他者への恐怖、
特に人間性を強く感じさせる部分への恐れに変化して、
それでも他者を求める時、人であって人間でないものとして残ったのが、
足だったという、それだけのことなのかもしれない。
だから喜八郎が感じる足への愛情は、
多分ごく普通の、なんのことはない欲情そのものなのだと思う。
愛しいものを乱暴に振り回して傷つけて、
生にしがみつこうとする喜八郎がひどく哀れに見えた。

朱芳を蝕む病とは何なのか。
九条殿に明るい将来はあるのか、等々、
気になることも多いので「次巻」をお待ちしております。

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