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2017.02.24 (Fri)

猫は密室でジャンプする


猫は密室でジャンプする
(2004/12/10)
柴田よしき

猫は密室を作らない。
密室だとしても眠るだけ。
猫は罪を告発しない。
そんな時間があれば遊ぶだけ。

正太郎は考える。
退屈するよりマシだから。
正太郎は考える。
猫のまま考える。


【More・・・】

人間は動物を飼う。それはもう多様な動物を飼い育てる。
餌を与え環境を整え繁殖を促し、
その結果時に自分の生活を削ることになっても、
それを喜びとして受け入れることさえできる。
他の生物に対するその過剰な執着は、
進化の上での一体どんな利点に由来するのだろう。
食べるため、使うため、働かせるため。
野菜の種を播くように動物を殖やすなかで、
一体どこで愛するため、という目的が生まれたのか。
などと人間の側から色々と考えてみるけれど、
現状を数の問題として単純に見れば、
利用されているのは人間の方なのかもしれないなあと思う。
牛豚や鶏、犬猫がこれほど数を増やし拡がることは、
人間なしにはおそらく起こらなかった事態でしょう。
その中でも、特に働くわけでも食べられるわけでもない猫など、
現在の繁栄は完全に人間ありきのものだと思う。
個別の猫、どころか遺伝子にだって思惑などないのだけれど、
にゃおんと鳴く毛玉に尻尾をすり寄せられるとき、
湧き起こる親愛が何かとても愚かなものにも思えるときがある。
それでも正太郎やサスケの語りを聞いているうちに、
その愚かさを好いてくれるならいいかと思えてしまうから、全くヒトは愚かだ。

売れない推理小説家を飼い主にもつ正太郎は、
主にその飼い主のせいで望んでもいない事件に巻き込まれ、
暇つぶしの一環として推理してみたりする。
するけれども猫なので、飼い主のさくらとさえ完全な意思疎通はできない。
というかおそらくさくらとの意思疎通が一番できていない。
猫の小さな胸のうちで謎は解かれ、
正太郎の気が向けば、手助けしてくれることもあるけれど、
基本的には事件の解決は人間の側と猫の側で分離している。
それは猫という生き物の性質としてとても自然で、
やや人間寄りの感覚を持っているとはいえ、
正太郎には探偵としての好感度とは別に、
良い猫だなあという他人の家の猫に対したときそのものの感想を抱いた。
精神的にさくらに依存しているということは全くなく、
自立心、冒険心に富み、猫同士の礼儀を弁え、
その上で同居人のことは憎からず思っている。
猫飼いにとっての理想を正太郎は体現していると思う。
家猫が正太郎のように生活してくれるなら、
それは猫の奴隷として望外の喜びでしょう。
さくらにはそういう感覚はなさそうだけれど、
自由で身勝手で安直な大きな猫のようだからこそ、
正太郎は同居人として認めているのかもしれない。
その自堕落な生活を見習いたいとは思わないけれど。

正太郎の目線で事件を一緒に追っていると、
人間が懸命に画策したり何だりしていることは、
複雑に絡んだだけの小さな毛玉のように見えた。
猫には理解し難い様々な事情や感情の果てに、
他人を襲ったり盗んだり、人は罪を犯す。
その切実さは人間目線の話を読むととても胸にくるものがあり、
被害者も加害者も、誰一人遊びで事件の中にいる者はいない。
でもそんなものは毛の密集した小さな肉球つきの手で、
暇を潰すためだけに弄ばれるような、
そんな程度の大きさしかない出来事でもある。
人の心はとても複雑で簡単には割り切れないけれども、
そのことと事の重大さはあまり関係がないのだと思う。
それは何も猫にとって、というだけの話ではない。
内側にいる限り物事の全体の大きさは決して見えず、
外側に出てしまえばあらゆる物事の大小は些末な問題になる。
内から外から、交互に語られる事件の対比は、
そういう、大げさに言えば認識の話として読むことができる。
クリスマスに囚われた彼女が外側の存在に早く気付けるといい。

猫には人間のために働く気などそもそもないので、
憎悪や憂さ晴らし以外の動機で猫を殺すことは稀だと思う。
つまり猫が人間に殺されるということは、
すべからく猫にとっては理不尽以外の何物でもない。
だからと言って正太郎曰く猫には義憤なんてものもないようで、
哀れにも殴り殺された見知らぬ猫のためなどではなく、
あくまで暇つぶしのために探偵団が結成される様子を見ていると、
マンションの花壇で猫が死んでいるという不穏な場面なのに、
猫が集まって今日も平和だなあなどとほのぼのしてしまった。
さくらの繰り出すとんでも推理でさえ、
その牧歌的な最期を想像するとありのような気がしてくる。
もしも猫が死に際に何かをするとしたら、
ダイイングメッセージなどではなくやはり遊びかご飯だろうし、
たとえ死ぬのが正太郎のような人間っぽさをもつ猫でも、
それは変わらないだろうなあと思う。
猫の性質というのはそれほど揺るぎない。揺るがせられない。
真相はなかなかに酷い話ではあったけれど、
それはそれとして柴田さんは本当に猫をよく知っている。
なんだか密室よりも猫ばかり凝視してしまった。

あちこちへ正太郎と出かけるさくら。
共に旅ができる猫は少ないから、
できればもう少し気をやって欲しい。
何かとはらはらした。

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