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2017.03.05 (Sun)

燃えるスカートの少女


燃えるスカートの少女
(2007/12)
エイミー・ベンダー

世界は彼女に語りかける。
秘密を囁くようにそっと、
知るべきを伝え、すべきを示す。

彼女には見え、聞こえている。
彼女にしか見えず、聞こえないものが。

【More・・・】

私が最初に口にした英単語はovalだったと母は言う。
幼児用の英語教材に興味を示さなかった子が、
初めて認識した言葉が「楕円」を意味するものだったことに、
母は何か啓示のようなものを感じたらしい。
もっと言ってしまえばこの子は妙だと思ったと、
そんなことは露とも覚えていない成長した子供に何度も語る。
それほど妙な風には育たなかった、
少なくとも今のところ楕円が人生において重要な何かにはなっていないので、
いたいけな私はovalという発音の面白さが気に入って、
ただそれを外国語とも思わずに繰り返しただけなのだと思う。
けれども、だからといってこの出来事が啓示ではなかったということにはならない。
その後の子供の成長の節々で起こる出来事は、
mamaでもappleでもなくovalを選んだ子の人生に起こることとして、
母は、そしてその話を聞いた子自身が捉えることになった。
神がお与えになる必要などなく、人は人生に啓示を見出す。
燃える薮に、天井の笑わない天使に、おへそを出した娘に、
隠された重要な意味を読み取る。
不可思議な世界で不可思議な思考を展開する人々は、
多分ただそうして啓示を受け取っただけなのだと思う。
読み終わって、窓から見える電線に2,2,3と並んだ雀や、
美しい角度でちぎり取られたトイレットペーパーを凝視した。

特別付録も入れて17篇からなる短編集。
「わがままなやつら」が第二弾、こちらが処女作とのことだけれど、
こちらの方がやや性的な表現が多めかという程度で、
全体の印象としてはほとんど同一の短編集のようだった。
手が燃えたり凍ったり、腹に大きな穴が開いたりと、
身体に何かしらの奇妙なことが起きることが多い点も共通していて、
ベンダーさんにとって語るべきことは、
身体の一部に始まりがあるのかもしれないなあと思った。
一方で、特別外見的に妙ちきりんなものが出てこない話も、
今回はおおよそ三分の一くらいは含まれていて、
その場合、妙なものは語り手の頭の中にある。
緑色のボウルも偽物の銀の鏡も、静かな図書館も、
おそらく本当はただそういう物だというだけのことで、
本当は何も起こっていないのだろうと思う。
上司が死んだり、父親が死んだり、醜い男が覗き込んで始めて、
物は歪み、意味を語り出す。
妙な形をもった人々はそういう過程をすっ飛ばして、
最初から誰にでも見える形を取っているだけだと考えれば、
妙なものが出てこようと出てこまいと、
ベンダーさんの書くものは同じなのかもしれない。

とはいえその中でも惹かれるのは、
やはり妙な身体をもって生きる人々の話で、
特に今回で言えば「癒やす人」が抜群に響くものがあった。
燃えさかる手と凍り付いた手をもって生まれた少女二人は、
どちらもその手によって勝手にもたらされるイメージや役割に縛られ、
息苦しい思いを抱えて生きている。
二人が手を繋ぐことで炎も氷も消え去るというのは、
とても運命的で美しい関係のように見えたけれど、
結局二人はその方法も拒否して包丁を握った。
そんな危険を冒さなくても二人一緒に生きていけばいいのにと、
一瞬そんな風に考えてもしまったけれど、
そんな生き方は各々が特別な手によって、
心や生き方を規定されている状態と何も変わらないのだと、
氷の少女の決然とした言葉を聞いて気がついた。
もしも炎の少女が上手く手を切り落とすことができたなら、
多分氷の少女は何の迷いもなく同じことをしたんだと思う。
彼女は氷に覆われていない部分の自分が何を望んでいるのか、
炎によって恋人との関係を築いた炎の少女よりも、
はっきりと知っていたからこそ、それ以上町に留まることができなかった。
冷凍庫に残された千個のカップは彼女の優しさではなく、
これまで散々使い尽くされたことに報いるための町への復讐なのだと思う。
いつか炎の少女に復讐する心が戻ってきたとき、
地獄と化す町を想像しながら氷の少女を見送った。

寂しい読後感の多い中で泥棒夫婦の話「指輪」だけは、
際だってハッピーに明るく感じられた。
素晴らしいものを見つけて盗む度に、
調味料まみれで思いきりセックスする二人には、
まるで罪悪感というものがなく、
ただ冒険をしているだけのように見えていっそ清々しかった。
何もかもを赤く染めてしまうルビーによって起こる騒動と、
その決着のつけ方も阿呆らしくてとても楽しい。
ルビーの力が万能ではなく一マイル程度であることや、
そもそもルビーと砂糖の元の持ち主が何者なのかを考えると、
夫婦は多分大いなる世界の秘密に触れた脇役の道化なのだと思う。
ルビーの力で染まることのない砂糖は明らかに特別なものなのに、
舐めてみれば普通の砂糖だと言ったり、
赤く染まった海に慌てて指輪を次々投げ込ませたり、
堂々と危険な稼業を続けているくせに、
妙に小市民的な面をもつ泥棒の夫も可愛くて、
何かとてもほのぼのと和めるお話だった。

逆進化していく恋人をどこまで恋人とみなせるか。
恒温動物でなくなったら、
私にはそこが限界だろうなと思う。

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