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2017.04.01 (Sat)

赤いヤッケの男 山の霊異記


赤いヤッケの男 山の霊異記
(2010/4/20)
安曇潤平

一歩先には奈落の縁、
二歩先では濁流が唸る。
背後からは獣の吐息、
見上げる空には雨雲が。

山で生き延びるには、
人の身体は脆すぎる。


【More・・・】

山で迷ったことがあるだろうか。
覆い被さってくるような木々の圧力、
突然足元に現れる窪地や崖、早い日暮れ。
どちらへ進んだらいいのか分からない不安。
子供とはいえ三人だっただけ随分ましだったろうし、
迷っていたのは結局ほんの小一時間のことだったけれど、
私はこの山で死ぬのかと漠然と感じていたことを覚えている。
山で、子供が、何の助けもなく何日も生き延びることは難しい。
不用意に動けば滑り落ちて死ぬかもしれないし、
脱水や飢え、有毒ガスに雪崩、落石、熊などの獣等々、
脅威を挙げればほとんどきりがない。
レジャーとして広い年代に楽しまれる登山は、
どんな山でもいつだって命懸けなのだと思う。
まして3000m級の高山や雪中行となっては、
常時生死の際を歩いていると言っても過言ではない。
山で起こる不思議で怖い話を次々と読みながら、
それでも山へ向かい続ける者達こそ異界の住人のように見えた。
登り切ったときの、また疲れた足を伸ばす瞬間の快楽は、
確かに何物にも代え難いけれど、彼らは多分山に憑かれている。

そういう際を歩いている以上当然のことながら、
山では人が亡くなることがある。
警視庁のHPを覗くと年間の死者は300人前後、増加傾向にあるという。
純粋に不運の事故もあれば、
何らかの過失ゆえの状況もあるだろうけれど、
山で起こる様々な場面、怪談の中でも語られる状況を考えると、
その死は一瞬のことが多いのではないかと思う。
足を踏み外したり、落下物に当たったりという場合、
心構えをする時間はない。何もわからないまま命はこぼれ落ちる。
だから山のでの怪談の中に現れる使者は、
自分の死に気がついていないという形が多いんでしょう。
気付かないまま死の側へ落ちた者と、
今まさに生死の境の生の側を歩いている者の距離は近い。
広い山の中ではほんのわずかな数であるはずの人の死者が、
何かと人の前に現れては往時の様子を垣間見せるのが、
その距離のせいなのだとしたら、
出会った者がすべきは恐れることではなく、
彼らが今どこに立っているのかを教えてやることなのかもしれない。
まあテントに顔を押してつけてくる者達に、
冷静に道を諭してやれるような度胸は私にはないけれど。

死んだままさ迷う魂に出会うタイプの話とは別に、
山の怪とでも言うような、そもそもが人ではないような何かに、
脅かされたり殺意を向けられるような話もちらほらあって、
生と死の境という意味とは別に、
山は確かに異界なんだなあと背筋を凍らせながらもしみじみした。
登山をする人自身が見聞きした話を集めているので、
つまりこれは「駅員が」とか「医師・看護師が」というのと同様に、
一種類の場に限定した蒐集譚ということになる。
駅や病院が何千とあるように、山の数も膨大だし、
たとえ人が足を踏み入れる範囲に限ったとしても、
場の条件が一様であるわけではないのに、
それでも同じ属性の場では似た話が見聞きされるというのは、
怪談集をいくつも読んでいるとよくあることで、
それもまた一つの不思議だなあと思う。
怪談を形作るのはやはり人と場、ということか。
病院における定番がたとえば「死んだ筈の入院患者」や、
「余命少ない者にまとわりつく何か」であるように、
山ではそれが「事故の予兆」や「危険な状況で現れる遭難者」なのだとしたら、
真に恐れるべきはそれらの文脈から外れた何かなのかもしれない。
「笑う登山者」と「鎌策婆」は怖すぎる。

山小屋という場所は宿泊施設でありながら、
来る者を拒まない(拒めば人命に関わる)ことや、
事故の際には重要な拠点となることから、
登山者には単なる宿泊施設以上の意味を持っている。
その主たる人々から蒐集した話を聞いていて、
話の内容もさることながら話が行われているその場を、
とても懐かしいもののように思い浮かべた。
山小屋の照明は概して暗い。
調度品は耐久性こそ志向というような空気でそこにあり、
酒と煙草、古い毛布のような臭いがこもっている。
場所によっては1年の半分ほどしか人がいないからか、
何か、そこにある何もかもがたまたま今そこにあるだけのような、
山小屋の夜にはそういう雰囲気がある。
酒とつまみと怪談を愛する蒐集者が尋ねる小屋は、
私が知っている山小屋によく似た空気のように感じた。
一部伏せ字にすることで一応の特定は避けているけれど、
山に少しでも関わったことのある人間には、
多分ほとんど意味のない程度のものなので、
その中途半端な隠し方には、何やら書き手の思惑が透ける気がした。
怪談は怪談として、そういう話や人を育むその場所に、
来てみませんかと人を誘っているようにさえ思う。
次の夏には、久しぶりに山へ行ってみようか。

山に人は少ない。
にも関わらず、鏡の怪はある。
ザックが化け物を孕む。
人が持ち込むものはろくでもない。

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