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2017.04.16 (Sun)

タイガーズ・ワイフ


タイガーズ・ワイフ
(2012/8)
テア・オブレヒト

「虎の嫁」はいた。
山間の小さな村で、
彼女は生きていた。
ただの一言も発さずに。

けれど語らない物語で、
森は、山は、世界は圧迫されている。

【More・・・】

人が死ぬと、一人分の物語が失われると同時に、
他の物語につながっていた枝葉も諸共に断ち切られる。
もちろん幼い命の喪失は痛ましいけれど、
そういう物語や経験の損失という意味では、
年を取っていればいるほど死がもたらす破壊は、
巨大になるとも言えるように思う。
祖父の記憶をめぐる孫娘の放浪を追いかけながら、
すでに失われた自分の祖父母の物語に思いを馳せた。
ナタリアの祖父のように表彰されたこともなければ、
医師として人の生死に関わるようなこともなかった4人の祖父母は、
けれど人生の長さは彼とそう変わらない。
機会さえあれば孫に語っても良い物語も、
誰にも語らないと決めた物語もきっと彼と同じくらいあった。
死からそう時間を置かずに探索を始めたおかげで、
彼女の祖父の物語はかなりの部分が掘り起こされたようで、
その機会と探索のきっかけを得ることができた彼女が羨ましくもある。
私の祖父母の「虎の嫁」はどんな存在だったのだろう。

訃報というやつは大抵の場合突然にやってきて、
他の用事を何段飛びもして優先順位の戦闘に踊り出てしまう。
死者の弔いにはいついつまでという決まりがあるし、
遺体だってそう長くは待ってはくれない。
でも一方でもう死んでしまった人はそれをせっついたりはしないから、
やろうと思えばいつまででも死者を待たせてしまえる。
大切な祖父の死を知らされたあとも、
元々の幼児を片付けることに追われる彼女を見ていると、
何かとても丁度良い感じがしてほっとした。
誰かの死がすなわち自身の死だというような関係も現実にあるし、
そのドラマには胸を揺さぶられもするけれど、
大抵の場合は、他人の死とはこんな風なのではないかと思う。
訃報の直後にやってくるのは途方もない悲しみなどではなく、
雑多な用事とその期限の山で、
それらを片付けているうちに、あるいは済んだその後に、
彼の人の思い出の裏側にその不在を思い知る。
少しずつ容器に水を満たしていってある嵩になったとき、
悲しみは悲しみとして表に現れる。
彼女の悲しみはまさにそんな風に進んでいった。
人を失うというのはこういうことだよなあと思う。

祖父自身がいくつもの語らない物語を抱えていたように、
祖父の思い出の中に現れる人々にも語らない来歴があって、
その一部は彼女の調査によって知る人のいるところとなったけれど、
その全てが本人にとって正確なものではないだろうし、
調査の及ばないところにもまだ埋もれたままの物語は多くあるでしょう。
祖父の思い出の核にいる「虎の嫁」自身の物語が、
すでに誰の手にも届かないところへ行ってしまっていることを思うと、
どうにか今からでもそれを掬い上げる術はないものかと、
何か焦燥のようなものまで感じてしまう。
けれどそんな方法はどこにもないし、
多分そうできたとしても「虎の嫁」は語ることはなかった気もする。
いや、しかしそれも「語ることができない少女の語られない物語」なんて、
そんな幻想に囚われているだけなのか。
村の人々がろうあの女性に虎との勝手な物語を重ねたことと、
それはまるで同じ構造で、全く嫌になる。
ああそれでも、やたら饒舌な不死身の男の千分の一でもいい。
彼女自身の言葉で彼女の物語を聞きたかった。

村人の来歴の物語においても祖父の青春時代も、
そして孫が医師として歩み始める時代になっても、
この地域は常に戦争のなかにある。
誰と誰が何故かということを明言されないまま、
「峠の向こう」「河の向こう」「ある日空から」戦争はやってくる。
戦略によって作られる戦場の光景は描かれないけれど、
効果の不明な爆撃によって、あるいはもっと小規模な小競り合いの中で、
ときには愚かな流言に踊らされてさえ、人は死ぬ。
戦争というものの上で最もありふれた光景こそが、
祖父や彼女の人生と同一のものなのだと思う。
人の死を知ることができるという不死身の男の死生観は、
少なくとも他人の死に関するそれは理路整然として、
何の反発も覚えないものだけれども、
もしも男が放浪しているのがこの地域ではなく、
戦争を知らない子供であふれているような場所であったなら、
男の考え方はまた別のものになっていただろうかと想像した。
でもあまりに長く生きる男はいずれにしろ相当数の死と、
死の間近にいる人々と対面することになるわけで、
結局は遅かれ早かれ同じところに落ち着くのかもしれない。
死に見放されているくせにいつも死の傍にいる男。
彼に見えている世界の姿を思った。

完璧な頭蓋骨を得るための医学生たちの奮闘は、
戦時下ゆえのものだとしても、
若者の可愛らしさ全開で大変愉快だった。

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